島崎藤村「破戒」

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破戒 (新潮文庫)

逃げずに闘うことを選んだとき、若者は大きな代償を支払うことになった。

「決してそれとは自白けるな」「隠せ」「忘れるな」―それが丑松が父親より与えられた一生の戒めであった。

瀬川丑松が生涯にわたって隠し続けなければならなかった秘密とは、彼の一族被差別部落(江戸時代の身分制度に基づく差別に苦しむ人々が多く住む地区)の出身者だということであった。まだまだ多くの人々が旧態依然とした不合理な差別に苦しんでいた明治時代の日本で生きていかねばならない丑松にとって、父親より与えられた戒めは非常に大きな意味を持っていた。

その戒めを固く守りながら成人した丑松は、24歳のときには信州飯山の小学校で教鞭を執る青年教師となっていた。そして、教師となってからも、丑松は父の戒めを懸命に守り続けていた。彼は親友の土屋銀之助にさえ出自の秘密を明かしはしなかった。

しかし、自身が被差別部落の出身者であることを公表した上で差別撤廃のための社会活動を続ける猪子蓮太郎という人物を知り、その堂々とした生き方に丑松は複雑な憧れを抱くようになる。

近代的な精神が覚醒するとともに、丑松の中でも不合理で不当な差別への憤りは強まっていた。喀血をおして孤独な闘いの中に身を置く猪子の姿は、世の中の妥協のために身を偽る丑松を煩悶させる。

丑松を躊躇させていたものは、現世の歓楽への未練の他、零落への恐れであった。元の同僚で没落士族の風間敬之進が酒に溺れる姿、その敬之進の娘の志保が父親のために苦労する姿、小作農たちが貧困に喘ぐ姿などを見るにつけても、丑松は零落というものに大きな恐怖を感じていた。

そんな丑松が猪子にだけは本当のことを話して「精神の自由」を得たいと悩んでいた矢先、猪子は政敵の放った刺客の凶刃に倒れてしまう。その猪子の死に慟哭する中で丑松は決意を固める。すべてを明らかにして「虚偽の生涯」を終わりにしよう、そうやって猪子に続こう、と。

丑松は小学校の教室で生徒たちを前に告白をはじめる。また、これまで真実を隠してきたことを詫びる。その結果、丑松は学校を追われることになる。そして丑松が新天地として選んだのは、アメリカのテキサスの地であった。

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