手段に過ぎない自由の目的化

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自由とは何か (講談社現代新書)

そもそも何のための自由か。
仮に自由になりえた時に、目指すべき価値とはなんなのか。
生きる目的ともいえるこの価値は、語り得ぬものである。
それゆえ、我々は、この語り得ぬものに対して沈黙してきた。
そして目的を忘れ、いつしか手段である自由や民主主義が、目的となった。

これは、本書の一部の内容に過ぎない。
読者はそれぞれ、本書から感じ取ることが様々あると思う。

第6章第2節以降は、語り得ぬものを果敢に語ろうという試みになる。
著者は、共同体を形成してきた犠牲者(死者)に対する責任を果たすことを義として
これを自由の目的という。これは相対的な価値ではないという。
正直、これに与するほどには、議論に説得力が無い。
これは、著者が引用した
『自己の確信の相対的であることを自覚し、しかもひるむことなくその信念を表明すること』が
文明人であるという言葉に応えたものだろう。
これに関して賛否両論あるのは当然で、著者も自分の義が自由の目的であるということが
唯一絶対ではないことを自覚しているだろう。
そのうえで、信念として、相対的ではない価値として論じている。
他人の信念は主観主義(趣味の問題)に吸収される。
そして、自分の信念もまた同じである。
そのうえで、我々は自由を得ていかに生きるかを問われている。

より練られた続編を期待する。

感想

なぜ自由に生きられないのかと感じながら閉塞感のうちに日々を暮らしていた。
しかし私は実は既に自由だった、そしてそのうえで目的が無かったということらしい。

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