漢字好きにオススメ! ちょっと深い漢字の雑学

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漢字雑談 (講談社現代新書)

◼︎日本独自の漢字の用法◼︎

「戻」という字は現代日本では「もどる」の意に用いるが、本来は「もとる」の意。音読みは「れい」で、熟語に「暴戻」がある。
漢語で「もどる」という意味を表す語は「回」である。

漢字の中でも、日本で普及し発展した字は「番」である。「お前の番だ」「お留守番」「一番乗り」「番号札」「番頭さん」「交番」「番狂わせ」等ある。原義は「かわるがわる」で、その意味が拡大された。
現代中国で「番」の字が出てくるとすれば、たいてい「野番」であり、つまりは「蕃」(下等な、粗野な、等の意)である。日本でも番茶、番傘、番下駄などの語は、下等・粗末の意である。

輸は本来「しゅ」

明治になって「輸(シュ)」の字が用いられるようになったが、人々は読み方がわからず、愉快の「愉」や福沢諭吉の「諭」の類推で「ユ」と読んだ。
だから「輸送(ゆそう)」や「輸出(ゆしゅつ)」は間違いなのだが、日本ではシュという音に意味があるわけではないので、定着してしまえばそれはそれで問題ない。

「週」の字は、「周」の俗体として昔からあった。これを日本では、weekの訳語として適用した。中国ではweekは「礼拝」「星期」であるが、週末を「周末」、週刊誌を「周間雑誌」と言ったりするのは、日本から伝わったものと思われる。

拉致

「拉致」という言葉は中国にはない。しかし「拉」を「ら」と読むのは、日本の音にはなく、中国語の「ラー」から来ていることは確かである。つまり日本人がつくった言葉であるにもかかわらず、中国語で読むという奇妙な例である。正しくは「ろうち」「らふち」「らっち」と読む。

◼︎呉音と漢音◼︎

「自」の音読みは、「し」が漢音、「じ」が呉音である。しかしその熟語を漢音で読むのは「自然(しぜん)」ぐらいで、ほかはすべて呉音で読む。
漢字は、漢音が優勢なものと、呉音が優勢なものとがある。呉音で読まれがちなのは、仏教と医学に関連する用語で、「外科(げか)」「小児科(しょうにか)」「人間(にんげん)」「大学(だいがく)」などがそうである。
「上下左右」の読みはごちゃまぜ。漢音なら「しょうか さゆう」だし、呉音なら「じょうげ さう」となる。

◼︎漢字の書き替え◼︎

義捐金

義捐金を現在は「義援金」と書く。義捐の「捐」は棄てるという意味であり、「義のために棄てる」のが義捐金である。「義援金」となると、人を助けること自体が義なのだから、「義」の字は不要で「援金」で足りる。産経新聞はそれを知ってか、自社の募金は「救援金」と称している。筆者は「支援金」がいいのではないかと述べている。

醵金

お金を集めることを「募金」といい、それに応じてお金を出すことを「醵金(きょきん)」という。(最近では、お金を出すことも「募金する」と言う人が多い。)醵金は新聞では「拠金」と表記されるが、漢字として意味をなさない。

編と篇

「長編・短編」は、本来は「長篇・短篇」と表記する。昔の書物は竹簡だったので、竹かんむりがつく。
糸へんの「編」は「あむ」であり、「何かを作ること」である。用例は「編成」「編集(編緝)」等である。
「篇」と「編」は意味が違うので、代用するには無理がある。

厖大と膨大

大量の、を意味する「ボウダイな」という言葉は、本来は「厖大な」と表記されるが、現在は「膨大な」と書き換えられる。しかし「膨大」はもともと医学用語で、「膨大する(病的に膨れ上がる)」という動詞である。「厖大」と「膨大」は本来、読みが同じだけの別語である。

感想

「徳育」という言葉が日本生まれだという指摘があって、かねてから不思議な語順だと思っていたので、合点がいきスッキリした。しかしこの語が中国でも通用しているというのは意外だった。
また呉音と漢音の紛らわしさも興味深かった。漢文に出てくれば漢音だと思い込んでいたのだが、たとえば「百」の漢音は「はく」であり、百姓を「ひゃくせい」と読むのは漢音ではない。漢字辞典によると、呉音なら「ひゃくしょう」と読むのが正しく、「ひゃくせい」という読みですら呉音と漢音のごちゃまぜである。「ひゃくせい」という読み自体が「百姓読み」なのだとすれば、それはそれで皮肉のようで面白い。
日本の漢字の読みや用法が、原理より慣習に基づいているということがよくわかった。また、辞書で挙げられている典拠や解説に、しばしば間違いが含まれているらしいことにも驚かされた。
漢字の世界は奥が深い。まだまだ知らないことがあると実感した。

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