精神障がい者の家族へ向ける「暴力」というタブーに切り込んだ渾身の書

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精神障がい者の家族への暴力というSOS――家族・支援者のためのガイドブック

 本書は、精神障がい者が家族に向ける「暴力」という従来タブー視されてきた重いテーマに切り込んだ気鋭の研究者、大阪大学大学院の蔭山正子准教授による渾身の書だ。
 2016年に起きた相模原事件ばかりに焦点が当てられ、当事者置き去りの措置入院制度改革や精神保健福祉法改正が断行されてきた。だが蔭山氏が精神障がい者の家族会を中心に綿密な調査を重ねてきたのは「家庭で起きる暴力」の問題だ。「他人への暴力の問題は、精神障がい者政策の根幹に関わる問題だが、他人への暴力に至る前にはおそらく家庭内で暴力が発生している。家族が家庭内での暴力を相談でき、その相談に適切に対応できる地域精神保健や医療体制が整うことで、結果的に他人への暴力は減少していく」と蔭山氏は考察している。
 本書では30錠以上の服薬をし、10年間ずっと天井だけを見て音楽を聞く生活を続けたある当事者が家庭で暴力を振るった例も紹介されていた。引きこもり状態だった当事者に転機が訪れたのは(社)「やどかりの里」の職員が第三者介入を行ってから。庭に出ることさえできなかった当事者がサッカーをし全国を行脚し、グアムまで旅してクラブやコンサートに百回も行けるようになった。蔭山氏は「冷静な判断力がない状況で暴力が起き、暴力を振るったことを後悔して苦しんでいた」とした上で、膨大な取材の末、次の見解を持つに至る。「(一概には言えないが)障害が重度かつ慢性になった原因は置かれている環境が多くを占めるのではないか。社会から隔絶され当事者の自己実現が叶わぬことで苦悩し、暴力で発散される場合がある。親は本人の暴力に耐え家庭内で収めようと必死に闘っている。親の愛情に働きかけることが有効だ」と蔭山氏は言う。だが介護疲れで追い詰められた家族は死をも考える。一刻も早く家族会に繋ぐか、当事者の一人暮らしを支援するべきだ。後者では「できないと決めつけ、本人の成長を阻んでいたのは実は自分たちだったのだ」と気付く親の声も聞こえた。
 欧米には病状が悪化した時に専門家が家庭に訪問し救急対応してくれるクライシス・インターベンションというサービスがある。埼玉県所沢市はこれに近い「精神障害者アウトリーチ支援事業」を提供している。また横浜市は精神障がいの子を持つ親が暴力を受けて緊急避難のため宿泊できる「緊急滞在場所」を確保するレスパイトサービスを行う先進市だ。
 地域精神保健福祉や医療制度が先進国の英国では支援を必要とする精神障がい者に対して地域精神保健チーム(CMHT)が積極的訪問をしている。また頻繁に入院に至る場合は危機解決在宅治療(CRHT)チームに移行する。1978年にバザーリア法を制定したイタリアでは公立精神科病院を全廃し、入院中心から地域生活中心の精神保健システムを展開している。
 このように欧米では1960〜70年代以降、脱施設化が進み、地域精神保健福祉サービスが整備され、長期入院患者は退院して地域での生活を始めた。だが世界に逆行して日本だけが90年代まで精神科病床を増やし続けている。
 しかし日本でも希望はある。蔭山氏によると地域で開業しているある精神科医は、極力病状悪化しても入院にはならないように支援していると言うのだ。その医師は「困ったら入院という考え方ではうまくいかない」「具合が悪くなったときこそ地域で看る」と話したという。それは支援する側に相当な覚悟が必要で地域精神医療の底力が試される。精神障がい者から家族に向かう暴力は、家庭の問題ではない。精神医療や地域支援のあり方を変えない限り解決されることはないと蔭山氏は提言している。

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