インターネットで何だろう?糸井重里が考えるインターネットの本質とは

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インターネット的 (PHP新書)

インターネットで何だろう

お金を払うからお願いしますということをしないでやっていくと、動機が見えてくるんです。お金はすごい武器ですから、それを支払ったら、考えが交流しなくても済んでしまうんですね。何でこんなことがやりたいんだという動機が見えない。

まず、自分自身の欲望が、あるのかないのか。それはどんなに豊かなかたちをしているのか。誰に喜んでもらえるのか。そんなことが、ビジネスモデルの発見より前に必要

ほんとうのアイデアとか、知恵とか、自由とか、くだらないこととかが、ネットの世界の外側にはもっとたっぷりあるのです。そういう「くだらなさを含めた人間の遊び感覚」が人類全体の知的資源として、まだまだネットの世界の外にあるはず。

誰もが、商品やサービスにずっと満足しているということはありません。どこかに軽い不快を感じ始めているから、新商品を待ち望んだり、いままでの商品の改良やイメージチェンジを待っていたりする。

商品をつくる、サービスをつくるというところでは、あらゆる企業が、どんどん平均化してきます。昔のように、製品にはっきりとした優劣がつくような差はなくなっていきます。

エンターテインメントの施設って、アイデアというか、原点になる夢が大事なんですよね。どうやって金儲けしようかという欲ばかりがどんあにあっても、つまらなかったら、お客は来ない。

「孤独」ほど怖いものはない。「孤独」を知らない人間というのは魅力がない。

インターネットネタ

インターネット的な社会になってくると、それぞれの人や組織が、それぞれに何を考えているか、たがいに明らかになっていかざるを得ません。

トライアル&エラーの多産系。速くたくさん何度も試すこと、これができれば、何かをつくるときの速度も精度も、ぐんとあがります。「インターネット的」な時代は、怖れず速く試すことが大事。

インターネットは人と人、人の考えや思いつきをつなげるだけですから、これによって社会が豊かになっていくかどうかは、それを使う「人」が、何をどう思い、どんな考えを生み出すかにかかっているのではないでしょうか。

ほんとうのアイデアとか、知恵とか、自由とか、くだらないこととかが、ネットの世界の外側にはもっとたっぷりあるのです、きっと。

テレビをはじめとするメディアが、すぐ答えの出る問題ばかりを追いかけているときに、インターネットやケイタイや長居のおしゃべりで、若い人たちが体を使って防衛しているような雰囲気を感じます。

感想

古い本ですが、面白くて何回も読んでいます!早くからインターネットの本質に迫っています。今でも読んで納得できる糸井重里さんらしさが伝わる一度読んでほしい本です♪

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