「実の母親にしか子育てはできない」という説に根拠はあるか?

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母親剥奪理論の功罪―マターナル・デプリベーションの再検討 (1979年)

 「子供が3歳になるまでは母親が子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼす」という考え方を、「三歳児神話」という。「神話」という呼び方をされるのは、その説の根拠があいまいで、賛否が分かれているからである。
 本書は、そんな神話を形成したおおもとの説に反論した、古典的名著である。

ボウルビィの愛着理論・・・神話の起源

 三歳児神話のもととなったのが、イギリスの医学者ボウルビィが、1951年に発表したWHO論文である。その中で彼は、「乳幼児期に、母親との間で、暖かくて親密で持続的な関係を経験することが最も必要である」と説いた。
 ボウルビィは、母親以外の代理者・保育者とも愛着関係を形成しうるとしていたが、この点が見落とされ、彼の意見は「子供の世話は、24時間ただ一人の人物によってなされることが最良である」というものだと誤解されて広まった。
 こうして、「子どもの正しい教育は、母親が職業をもたない場合にのみ可能である」(Baers,1958)というような誤った主張がなされるようになった。

母親以外の人間に懐くこともある

 ボウルビィは、子供の愛着はただ一人の人間に寄せられる傾向があるとした。この主張を一元性(モノトロピー)という。
 しかしその証拠は十分ではないし、反論も多くある。
 シャッファーとエマソンによると、彼らが研究した生後18カ月の子供たちの中で、母親にのみ愛着を向けていた子供は二分の一にすぎず、ほぼ三分の一の子供たちの主要な愛着の対象は父親であった。複数の対象に愛着が向くこともあり、「母親が絶対」などではない。

「優しいから懐く」とも限らない

 優しく温かい態度ばかりが愛着を形成するわけではなく、親の厳しい態度もまた、愛着を増強させる。愛着の形成を阻むのは、厳しさよりも、むしろ無関心や無反応であると言える。
 また、一緒に遊んだり身の回りの世話をしたりする等、相互交流の内容そのものは、愛着の形成とは必ずしも関係しない。一緒に遊ぶけれども養育はしない、という人間に、愛着が向けられることもある。

「働くお母さん」は何も悪影響を与えない

 働く母親の子供たちが、非行化したり、発達が遅れたりするという主張は、多くの研究によって否定されている。
 また、保育所を利用することが、長期にわたる心理的・身体的悪影響を及ぼすという証拠もない。保育所に子供を預けることが、親との愛着の形成を妨げるわけでもない。

問題なのは、「母親像」が頻繁に変わってしまうこと

 幼いうちは、安定した人間関係が必要である。関係が安定していれば、その対象は母親でなくてもよい。しかしその「母親像」が頻繁に変わり、誰とも安定した関係を結べないまま育つと、子供の将来に深刻な影響をもたらす。
 一方で、安定した人間関係によってボンド(絆)の形成が正常に進めば、あとからボンドの崩壊を経験しても(たとえば離婚や死別)、深刻な影響は受けない。

感想

 戦前生まれの方に、幼いころ誰に養育されたか聞いてみれば、「祖父母」とか「姉」という答えが返ってくることが多い。子沢山の時代というのは、母親以外の人間が子育てに携わるのが当然だった。(むしろ、母親は周りの人に頼ることができたからこそ、何人も子供を産むことができた)。また、そういった「母親だけの手で育てられていない」世代の人たちの成長に、果たして大きな欠陥や問題があっただろうか?
 時を経て、愛着理論というのはすっかり定着してしまい、「子育ては母親がするもの」という感覚・価値観は一般化している。そして同時に、父親の役割をまったく無視する言説も、決して少なくない。
 そうした考え方は、果たしてどこから来たのか? 「常識」だと結論付けず、科学的な根拠を求めていくことが大切だ。
 母子密着を理想とする考えこそが、母親一人に子育ての負担とストレスを押し付け、孤独に追い込んでいる。

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