人間は何をして生きればよいのか! 現代社会の停滞に捧ぐ答え

529viewsいさわいさわ

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暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)

概要

人間は、豊かさを目指して、技術を開発し、社会を発展させてきた。
実際、豊かな社会ができあがってみると、どうだろうか。
1日8時間、週5日働けば、あとは何をしたっていい。
好きなことができる。
しかし、私たちは退屈している。
自分たちの手で作り上げた暇を持て余しているのだ。
この暇をどう生きればよいのか、本書はその答えを探す思考の旅である。

内容

序章 「好きなこと」とは何か?

私たちが「好きなこと」だと思っている事柄は、本当に「自分の意思で好きになったもの」だろうか。
豊かな社会に生まれた暇と娯楽の関係性について考える。

第一章 暇と退屈の原理論 ―ウサギ狩りに行く人は本当は何が欲しいのか?

暇を持て余し退屈している時、私たちは何を求めているだろうか。
何が私たちを退屈から解放してくれるのだろうか。

第二章 暇と退屈の系譜学 ―人間はいつから退屈しているのか?

そもそも暇はいつ生まれ、退屈はどこから生まれたのか。
歴史を遡って考える。

第三章 暇と退屈の経済史 ―なぜ”ひまじん”が尊敬されてきたのか?

暇を見せびらかすことが、裕福さの証しだった時代があった。
今はどうだろうか。
そして、暇であるということは本当に価値のあることだろうか。

第四章 暇と退屈の疎外論 ―贅沢とは何か?

不必要なことをすることは、必要か。
贅沢は罪なのか、生きる意味なのか。
人間のあるべき姿とは何だろう。

第五章 暇と退屈の哲学 ―そもそも退屈とは何か?

退屈にも種類がある。
私たちはどのような退屈にさらされ、どのように解決しようとしているのか。

第六章 暇と退屈の人間学 ―トカゲの世界をのぞくことは可能か?

人間は確かに退屈している。
では他の動物はどうだろう。
トカゲは退屈しているだろうか。
人間と他の動物の違いから、人間の在り方を考える。

第七章 暇と退屈の倫理学 ―決断することは人間の証しか?

退屈に満ちたこの世界で、どう生きていけばよいのか。
人間の中にある、動物としての可能性、人間としての可能性について考える。

結論

著者が提示する3つの結論と、希望。

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