あなたの知らない犯罪加害者家族の世界

1110viewsニケニケ

このエントリーをはてなブックマークに追加
加害者家族 (幻冬舎新書 す 4-2)

 犯罪を起こせば警察が捜査、検察が起訴、裁判が始まれば刑事・民事で争い、刑が確定すれば刑務所に収監、出所までの時間を服役して過ごす。それまでの間には様々な人間が登場する。加害者、被害者はもちろん、その関係者、そしてその家族。
 その間に「誰に」、「どんな事」が起こりうるのか。意外なことに、大半の人はこれを知らない。
 フィクションの世界で取り上げられるのは大抵、加害・被害者の立場で、その周辺までには意識が届きづらいところがある。最近では犯罪被害者にスポットを当てる小説や映画も目立ってきたが、それも少数だ。
 多分、取り上げづらい、というところもある。多分にある。
 犯罪者の、しかも加害者家族は、特に。本作はその見えづらい所にスポットを当てて取り上げた良作だ。

加害者は苦しいとか辛いとか、言える立場では、ない?

 「個人」が優先され「社会」が成り立っている西欧文化に対して、日本は個々人が実に曖昧なままに形成する「世間」が跋扈している。そしてその世間は加害者家族に対しても一様に厳しい。本書ではそんな現実が全編にわたって紹介されている。

 自宅はマスコミに囲まれ、取材合戦は激化し、周囲に迷惑をかけ、住む家を追われ
 住み移った先でも加害者家族だと暴かれるのではないかと怯えながら過ごし
 ネットで叩かれ、人間関係が壊れ、孤立無援で、それでも生きていかなければいけない。

 たとえ「個人」で犯した犯罪だったとしても、責任は家族を巻き込んで問われる事態になる。
 そんな事態の深刻さを、私たちは、知らない。
 

進む海外、停滞する日本

 最近では犯罪被害者の存在に注目が集まり、2004年には犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的とする犯罪被害者等基本法が成立している。その一方で加害者家族に対するケアや保障は一向進む気配はない。ここにも、日本の「世間」が大きな壁になっている。
 犯罪者の家族を、身内を、守る必要性を真っ向から否定する。同罪だと突き放す。
  

 その点、海外は違う。
 イギリスではあらゆる局面にわたって加害者家族が抱えるであろう問題を一緒になって処理していこうというPOPSというNGO組織がある。オーストラリアには受刑者の子どもたちを支援するCOPSGという組織がある。1998年、アメリカのアーカンソー州の高校で起こった銃乱射事件では、加害少年の母親に段ボール2箱分の激励の手紙が届いている。

 息子さんを支えてあげて、面会に行ってあげて
 事件を起こした息子さん以外のきょうだいにも目を配ってあげて
 村中であなたたち家族のために祈っています
 

 この反応はまず、日本ではありえない。個人情報が正式に公開されなくてもどこからともなく流出して、バッシングにつながるのが日本の現状だ。これでは加害者家族の支援など進むはずもない。

今後の課題、そして未来 

 ではこの先も加害者家族の未来が暗いのかというとそうでもない。
 明確に光り輝く未来ではもちろんないが、そこに着目し、支援を広げようという動きは確実にある。
 

 目の前に困っている人がいれば、手を差し伸べなければならない

 その気持ちがどこかにあれば、世界はきっと変わる。

感想

時々思い返したように読んでます。
「世間」が浸透しているとはいえ、だからって日本にしか犯罪者バッシングはないってわけでもないんですけどね。それでも、それを助長している部分もあるんだろうなと考えると、つい反発したくなっちゃいます。くっだらないなぁ、って。
まぁ、そうは言っても私も日本人。この要素が100パーないとも言えません。むしろ、客観的にみるなら結構濃ゆい確率で染まっているとも言えそうです。
だからこそ読むんだろうなー。こうはなりませんようにっていう自戒を込めて。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く