今朝鮮に、原爆を2、3発落とせば、戦争は終わると思うが、それについて被爆した君はどう思うかね?

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ヒロシマ・ノート (岩波新書)

原水爆禁止運動は頽廃を防いできた。

 第一回の原水爆禁止世界大会において、両目を失った被爆者へ、アメリカの通信社の東京支局長はやってきた。かれはたまたま戦況が膠着状態にあった朝鮮戦争について話し、盲目の被爆者にこう尋ねたという。≪今朝鮮に、原爆を2、3発落とせば、戦争は終わると思うが、それについて被爆した君はどう思うかね?≫
 この鈍感さは、すでに一つの頽廃である。そしてこの頽廃のきわまるところ、核兵器による世界最終戦争の可能性もまたあったに違いない。原水爆禁止の国民運動の本質的な効用の一つは、この種の最悪の頽廃に警告を発することだったはずだし、その効用は十分に成果をあげてきたというべきであろう。「ヴェトナムで数発の核爆発物を用いれば、戦争は片付くと思うが君はどう思うかね?」と尋ねる新聞記者はいないだろう。それはこの9年間の原水爆禁止運動がなしとげてきたところの荒廃の治療の結実である。

広島は抹殺されるべきか?

 1964年10月の日本を大騒ぎさせたオリンピックの聖火の最終ランナーに、原爆投下の日に生まれた広島の青年が選ばれたとき、日本文学の翻訳者であるアメリカ人は、この決定がアメリカ人に原爆を思い出させて不愉快だ、という意見を発表した。
 かれは、アメリカ人の記憶から広島のすべてを抹殺してしまいたい。しかも、この意志は単にアメリカ人の心に浮かび上がるもの、のみにとどまらない。現在、核兵器保有国のすべての指導者と国民のすべては、広島を抹殺したがっているはずではないか。広島は、核兵器の威力の証拠であるより、核兵器のもたらす人間の悲惨の極北の証拠である。それをひとまず忘れて、なんとかやってゆこう、とするのが世界一般の態度だ。指導者たちの言葉はこぞって、平和を守るための威力としての核兵器保持である。

医療従事者は疎開を禁止されていた。

 『広島原爆医療史』によれば、被爆当時、広島市内に298名の医師がいた。かれらは防空業務従事令書によって市外への疎開を禁止されていた。歯科医師、薬剤師、看護師、助産師、保健師もまた同じである。かれらは、やむなく市にとどまっていた人々であったかもしれない。しかし被爆後、かれらはただちに献身的な活動ぶりを示した。
 原爆によって60名の医師が即死した。健全な状態で救護活動を始めることのできた医師は28名、歯科医師20名、薬剤師28名、看護師130名がおり、この救護者が立ち向かわねばならなかったのは市内の負傷者の数は十数万人に達していたのである。
 そして、一人の若い歯科医師が絶望のあまり自殺した。

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