ニーチェは、自分を悲劇の主人公にはしなかった

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まんがと図解でわかるニーチェ (宝島SUGOI文庫)

自分で価値観を創造して生きる、自分の内なる声に従って強く生きることを主張した。ニーチェの思想には「明るさ」があり、陰に反発するのではなく、陽に向かってぐんぐんと突き進む思想である。ニーチェは生の肯定を 旨とする哲学である。

遠近法

ニーチェの思想の根本を支えているのは人間のものの見方は、人それぞれの遠近法であるということだ。
遠近法は自覚しなくても働いている。
例えば、世界の時事について大きな物事であっても、自分には遠いので小さく感じられる。
ひいては、世界はすべて「解釈」で出来ている。
そのような遠近法の世界の中で生きることを自覚しなければならない。

キリスト教的なものの見方、西洋哲学的なものの見方への批判

キリスト教的なものの見方、西洋哲学的なものの見方を批判した
なぜか?

  • 「あの世」=背後世界を基準に「この世」の価値を決めようとする考え方だったから
背後世界を基準にしているため、より良い人生はありえても、自分の生すべてを肯定することができない。
  • キリスト教的なものの見方、西洋哲学的なものの見方には、この世に存在しない絶対的な真理への信仰を元に考えられている。
そのような考え方は、ペシミズム(厭世主義)そして、ニヒリズム(虚無主義)に至った。
ペシミズムは、「世界に意味がないのならこの世に価値のあるものは存在しない」という考え方である。
ニヒリズムは、「この世には価値のあるもの、意味のあるものは存在しない」という考え方である。
ニヒリズムはキリスト教的な禁欲主義の必然的な結論である。
ではニヒリズムをどう乗り越え、生に価値を手に入れれば良いか?

力への意志

ニーチェの指す「生」とは、人生や生物のみを意味するのではなく、
物事の終わりや始まり、歴史の発展、文化の移り変わり、思想の発展など広義である。
ニーチェはそれらの生には、力への意志が働いていると主張している。
力への意志とは、あらゆる次元、場所においてそれぞれの力を常に大きくしようとするもの、
ぐんぐんと進んで行く勢いそのものが「意志」だと主張している。
力への意志(増大)が起こり、行動を起こす。そしてその後に感情が起こるのである。
そして、力への意志こそが生の本質であり、価値や意味を持たずに増大していくものである。
力への意志は、世界の中で拮抗し、成り立っている。

大いなる正午

ニヒリズムとは、大いなる正午にいるということである。
大いなる正午とは、太陽が真上に至った時、すべての影が消え、すべてが光になった状態で、
すべての価値が消え、目指すべき方向がわからない状態である。

大いなる正午ではあらゆるものに意味のないことに耐えなければならない。
そのためには今生きているということを肯定しかないのである。
そして、自分で価値観を創造して生きる、自分の内なる声に従って強く生きていかなければならない。
このような行いをするものを超人と呼ぶ。

永遠回帰

この世界は何かに向かって直線の時間軸の中にあるのではなく、永遠回帰の世界である。
永遠回帰とは、世界のすべてのことは永遠に同じことの繰り返しを行い、
時間が進んでもどこにも近づいてはいないし、何からも離れてはいない。
等しく無価値な状態が永遠にあることである。
永遠回帰する世界の中ですべてが肯定できたとき、人生すべてが肯定されたことになる。
それは、いつでも始まりであり、すべての時間が始まりになるからである。

運命愛

人間の身の上に起こるすべてのことは運命であり、その運命を愛するべきであると主張した。
どのようなことが起こっても、自分の人生を愛するとするのが運命愛である。
自分の意のままにならないことを運命だと片付けて逃げてはならないと説いた。

そして、ニーチェは「必然的に起きた困難。それは苦しいものであるが、
高い場所から眺めてみれば、また人生の差し引き勘定からすれば
そういった困難こそ私にとって有益なものだった」と述べ、
自分を悲劇の主人公にはしなかった。

感想

※個人の解釈ですので間違っている可能性があります

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