ドーキンス VS グールドのざっくりまとめ

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ドーキンス VS グールド (ちくま学芸文庫)

がいよう

 科学の世界って結構熾烈なんですね。論文出すのって、かなり気を使います……えぇ、修士論文まではお遊びですが(っとBookLetter陣の総意)、その先は、相当に周到に論を組まないと、あぶないこと限り無し。論のぶつけ合いもしばしば起こるわけでありまして……。こっちの世界では、相当にすごいことがおこっていした。

らいばる! 

◇ドーキンスの考え方 
 ドーキンスは生物の淘汰は遺伝子間の戦争に勝ち抜いた「利己的な遺伝子」によって起こると考える。生物体という乗り物の中で、それの感覚の鋭さや代謝効率、性的な魅力を世代にわたって強化していく遺伝子は、他の遺伝子よりも頻繁に複製され、勢力を強めていく。また、生物体だけではなく個体群も一種の乗り物になると考えている点、注意が必要だ。現実に協力関係を持つ群が存在していることから、彼らが利己的な遺伝子に加え、利他的な遺伝子も持ち合わせていることが理解できる。
 私たちが判別しうる進化のパターンの大部分は、小さな進化が長期間にわたって累積されて形成されている。ただし、すべての進化パターンがこれに当てはまるわけではなく、進化の可能性にはある種の系統レベルの淘汰(突然変異など)が働いていることもある。

◇グールドの考え方
 グールドは生物の淘汰は地域集団の中では個体に作用するが、それはあくまで小さな進化事象と、大きな進化のパターンを説明しうる因子の一つに過ぎないと考え、淘汰以上に、生命の歴史において巨視的なレベルで起こった変化(大量絶滅など)に注意を払うべきだとも主張している。
 大量絶滅期には、種そのものの特性に応じ、生物体の間引きが行われたとする論は納得のいくものである。ただし、スケールが大きすぎるため、実証することが不可能な点、ドーキンスの論よりも説得性にかけるのは否めない。

◇良きライバルの存在
 ドーキンス、グールドは互いの論を持って、相手の論を喝破しようと精魂を費やしてきたように見える。しかし、お互いの研究に対する姿勢とその結果に対しては、常に尊重の念を忘れてはいなかったはずだろう。それは、時にお互いの論が歩み寄る結果があったことからも理解できる。真摯な気持ちと姿勢をもって、互いの最善を尽くせる存在がいることは、当事者の研究を加速させることはもちろん、学問全体のレベルアップにも大きく寄与していることだろう。

さいごに

 世間からは犬猿のなかと言われております。が、互いの論を徹底的に「批判」する姿勢は、科学者の鏡とも。迎合するのはらくちんなんですが、それを反証するとなると(いや、哲学的な要素をもりこんじゃだめですよ〜)、それはそれは大変なものでありまして……でも、そういったライバルがいると、驚くほどその分野が成長していくんですねぇ。というわけで、BookLetter陣の中でも、ライバル意識ばりばり働かせております。えぇ、痴話げんかに終わっちゃうんですけどね……はぁ。

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