走ることについて語るときに僕の語ることから村上春樹の名言を紹介!

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走ることについて語るときに僕の語ること

村上春樹の名言

そして本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。僕はそう考える。実感として、そして経験則として。

決まったことを、決まった手順で、決まった言葉を使って教えられる教師はいても、相手を見て、相手の能力や傾向に合わせて、自分の言葉を使ってものを教えてることのできる教師は少ない

どんなにスピードが落ちたとしても、歩くわけにはいかない。それがルールだ。もし自分で決めたルールを一度でも破ったら、この先更にたくさんのルールを破ることになる

ものごとの基本を着実に身につけるには、多くの場合フィジカルな痛みが必要とされる

生き続けている限り、自分という人間についての新しい発見はあるものだ。

筋肉は記憶し、耐える。ある程度向上もする。しかし妥協をしてはくれない。融通をはかってもくれない。

長く走り続けていると、身体の筋肉の配置ががらりと変わってしまう

死ぬまで18歳でいるためには18歳で死ぬしかない。

今のところは僕はまだ、音楽とコンピュータをからめたくはない。友情や仕事とセックスをからめないのと同じように。

少なくとも走っているあいだは誰とも話さなくてもいいし、誰の話を聞かなくてもいい。ただまわりの風景を眺め、自分自身を見つめていればいいのだ。それはなにものにも換えがたい貴重なひとときだった。

昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。

継続すること―リズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。

感想

誰がなんと言おうと村上春樹は大好きです

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