脳が暴走し、暴力に至るメカニズムを解く衝撃の書

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平気で暴力をふるう脳

 本書はキレやすい若者から性犯罪、DV人間の究極の暴力行為である戦争に至るまで、神経生理学と心理学の知見をもとに暴力的な人間が作られてしまう脳の仕組みを解き明かした米生物医学専門家による衝撃の書である。
 攻撃とトラウマの共通性に国家規模で先鞭をつけたのは、米国にトラウマを負った何千人もの人々がヴェトナム戦争から帰還したことだ。人間の究極的暴力行為である戦争は、百年以上もトラウマの生物学への入り口となってきた。「全国ヴェトナム帰還兵再適応研究(NVVRS)」は議会の委託を受け、三千人以上の帰還兵や市民を対象に行われた疫学的調査だが、帰還兵の三分の一までが戦闘経験後の戦争神経症(シエル・ショック)にかかったことに似た兆候を明らかにした。ヴェトナム帰還兵が帰国後も普通の生活を送れないほど悩まされるのを軽視しようとした世間に憤り大規模な運動を起こし、精神医学界に戦闘のトラウマにより行動や心理が荒廃したのは、極端な感情体験のために永続的な生理的変化を被ったためだと認識させた。
 さらに自然災害、DV、肉体的・性的虐待、拷問、暴力犯罪など他のトラウマ体験をした人々にも、同じような病理的ストレス反応が起こることにも開眼させる結果となったのだ。これを機に科学者たちは暴力の生物学的メカニズムを研究する際に被害者にも目を向け始める。
 本書刊行後新たに、イラク戦争を経て戦争とトラウマの関連性が指摘されてきたのは「モラル・インジャリー(良心の呵責)」だ。詳細は別稿に譲る。
 1988年にイギリスの行動生物学者ジョン・アーチャー氏が「攻撃は生存のためにどう役立つかという問題解決だ」とした3種に大別した機能的分類を行った。
 1920年代に既に生理学者フィリップ・バード氏が脳の辺縁系構造が感情的な行動と直結する「見せかけの怒り」現象を解明。その後ニュージャージー医科歯科大学の神経科学者アラン・シーゲル氏の研究が、視床と脳の底部の間にある視床下部の核の集合体は自律神経システム(「闘争か逃走か」という身体反応を司る末梢神経のネットワーク)や内分泌システムを管理しているため攻撃の神経解剖学に大きな役割を果たしてきた。実験で視床下部外側部への刺激は、捕食的攻撃を促進し、これと対置する辺縁系場所からのインプットは攻撃行動を抑制すると解明した。
 著者はこれらの脳内メカニズムを概説した上で、衝動的に「すぐにキレる人々」の症例を明らかにする。きちんとした身なり態度で夜明け5マイル走るのを日課とし、午前零時過ぎまで仕事熱心なスコットという男性。彼はライバルたちに好評価されるのと裏腹に、定期的に爆発的な怒りをぶつけられる妻に離縁を考えられ人生を破壊しかけていた。フィラデルフィアのペンシルヴェニア大学医学部で臨床神経科学研究班を指揮するエミル・コッカロ氏は彼のような症例をDSM-Ⅳで「間歇性爆発性障害(IED)」で定義すると、現在の基準では症例判断に90%は漏れてしまうとみた。ニューオリンズ大学の心理学者マシュー・スタンフォードは敵対的で衝動的な攻撃の実行者は、重要な点で反社会的攻撃を行う者と異なり、必ず後悔し誰かを傷つけた後に罪悪感を感じると指摘。コッカロらは衝動的攻撃にはセロトニン欠乏のみならず、モノアミン機能全体の乱れが絡み漸進的にレセプターと反応、フィードバック・メカニズムの再編に繋がると考察の余地を残した。
 この他現在でも未だ焦点が当てられにくい女性加害者のホルモンとの関係性に関する一端が本書では早くも触れられている。脳の暴走を止められる手立てはあるのか?必読の書。

平気で暴力をふるう脳

平気で暴力をふるう脳

  • デブラ ニーホフ

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