最近の憲法問題の思い込みや偏見を抜きに考えてみる憲法入門本

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憲法の創造力 (NHK出版新書 405)

君が代訴訟

・ピアノ伴奏事件

基本的には内心を縛るようなものではなく、ただピアノを弾けばいいだけという論理

・君が代不起立・不斉唱事件

H23最高裁で3つの判決

思想良心の間接的制約(つまり、内心に対する制約であることは認めた)である

「慣例上の儀礼的所作」であるとして、「式典の円滑な運営」のための職務命令を遵守することを命じることが合理性があるとしている

・本来的主張について

愛国心の涵養ということが保守派の本来的主張であるが、この点について、最高裁は何らの認定をしていない

その代わりに、国旗国歌法等、自国の歴史や伝統に対する正しい理解が、国際協調の精神に役立つとし、学校式典のプログラムとして導入することが必要とされると認める

保守派の本来的な主張である君が代の固有の意味については、何ら認めていないことで、ある意味原告の主張は単なる被害妄想的なものであるにすぎないという印象となることで、被告の勝訴の結論へとつなげやすくなる

原告は、実質的な勝訴ととることも可能

・最高裁の主張は詭弁?

しかし、国歌斉唱をプログラムに入れても、起立や伴奏が必須とはいえない

そのことから、最判H24で不起立教職員の減給処分を違法とした

・教育目的達成?
不起立・不斉唱が妥当という認識を与えてしまう可能性もある
(強制しないとできないようなものとみられる)

・君が代ではなく歌謡曲を歌えと命令し、従わない教員を処分するのは通るのか?

→君が代と歌謡曲を同列と扱うのはけしからん?
 憲法でその君が代の固有の意味を強制することは禁止されていることを考えるべき

一人一票

・H23判決
地域性等を理由として、人口の少ない地域にも一定数を配分することを合理的なものとして認めない
→憲法43条は国会議員は全国民を代表するということであるから、選出地域に関係なく人口の少ない地域への配慮はすべての国会議員が義務として果たすべきことで、選挙区割りにその話を持ち込んで意図的な不均衡を生じさせるべきではないとしている

一人別枠方式はH6選挙改革の経過措置的なものであるとし、新制度が定着した現時点では無意味

・H23判決の評価

一人別枠方式も全く無意味ではなく、少数地域への配慮などに一定の意味はある

それを排除してまでの意義?

・H19判決の泉判事の意見

憲法上選挙の平等を徹底する原則が貫かれていることから、投票価値の平等も要請されるとする

→実際の弊害?

・具体的な必要性

①クイズミリオネア

→観覧者に回答を求める

 この際に重要なのは観覧者の偏りがないこと

この理屈と同じで、国会議員がそれに相応しいか否かの判断には偏りがないことが求められ

もしこれがないと、低所得者が排除されたりなどすれば、彼らならではの見解がなくなり、正解から乖離する

②I,robot原作

ロボットが人間に政治を任せておくとろくなことにならないから、ロボットが人間を支配しようという考えに至る

→支配の方法は、映画では暴力だが、原作では人間の感情をコントロールし、支配するというもの

つまり、同じ結論でも、押しつけか、自分で選択したのか、によってとらえ方が異なるのであり、投票価値の不平等は国政が正統性を欠くものになるということ

・そうすると、一人別枠方式の廃止は、東京や大都市の人が地方の人のことも考えてくれるという信頼が前提となるはずで、信頼がない状態での廃止は正統性を弱める

・結局、この問題の背景は地方と都市の信頼性の問題ではないか

感想

本書の視点は、有名な憲法問題の事件等から、一方の主張として出されたもの、あるいは裁判所の判決の視点を客観的にみて、その前提となっている部分について疑問を投げかけるようなスタイルで、本当にそのような根拠づけや、判断基準が妥当であるのか、を考えてみるというものです。木村草太氏は若手の憲法学者であり、独自の視点での論説も多いので、必ずしも通説的な理解とはならず、また集団的自衛権の解釈変更についても、他の憲法学者から明らかな反論を受けていますが、本書の内容については、自分で考えてみるといった比較的一般的な憲法学の講義でとられるようなスタイルに、木村氏の独自の視点や論理的思考が合わさったもので、入門書としても読みやすいものだと思います。

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