個室は介護の基本【おひとりさまになる前に知っておきたいこと】

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おひとりさまの老後 (文春文庫)

ヴァージニア・ウルフは『私ひとりの部屋』(村松加代子訳、松香堂書店、1984年)で、女が自立するための条件は、年に500ポンドの収入と、「私ひとりの部屋」がぜったいに必要だと書いた。1929年のことだ。これはいまでも真理である。

はじめて自分の個室をもてたとき、夫婦別寝室にして好きな本を明けがたまで読みふけってもよくなったとき、どんなに解放感を感じたことだろう。子どものころ、はじめて個室をもらったときのうれしさを覚えているだろうか。ましていまどきのカップルは、妻も夫も、ものごころついて以来、子ども部屋という名の個室を与えられている。

個室を経験した身体は、もとのように雑魚寝文化へは戻れないというのがわたしの考えだ。日本はもともと雑魚寝文化だったといったって、短期間で世代交代してしまえば、「そんな経験、子どものときからしたことないもん」というひとたちが育っている。

個室で育った若いカップルのなかには、新婚のときから夫婦べつべつに個室をもっているひとたち
いる。どんなに親しくても、他人の気配を感じては眠れないというひともいる。熟年になってから寝室を分ける夫婦とちがって仲が悪いわけではない。

いったんある空間にカラダがならされてしまうと、その身体感覚は、ちょっとやそっとでは変えられなくなる。戦後住宅の基本となったンLDKが、家族の人間関係を規定したと論じる建築家がいる。それと同じく、個室を経験した子どもたちも、あと戻りできない身体感覚をもっていると思う。 施設でもすすむ個室化

三好春樹さんというカリスマ理学療法士がいる。

このひとは、なにが気に入らないのか、新型特養こと、個室を原則としたユニット型ケアを実践する特別養護老人ホームを親のカタキのように撲滅しようとしている。日本の年寄りには個室などいらない、他人の気配を感じながら雑居部屋にいることが本人にとっても幸せだというのだ。

よく読むと、三好さんの仮想敵は「なんでもユニットケア」という厚生労働省主導の画一的な押しつけにあり、個室でも雑居部屋でも、選択肢があるならよい、というものらしい。なあーんだ、それならそうと、もっとおだやかに「ユニットケアが悪い」と誤解されるような言い方ではなく、「ユニットケアの押しつけがけしからん」と言ってくれればよいのに。

ユニットケアは、もともと養護老人ホームを〝療養〟の場ではなく、〝生活〟の場ととらえたところから出発したもの。暮らしの場なら個室が原則。10室程度の個室の集合を1ユニットとして、共同のお茶の間のようなコモンスペースを共有するというスタイルを福祉先進国から学んで日本にもち
だのは、建築家の故・外山義さんだ。

三好さんは、「だから近代人はどうしようもない」と慨嘆する。「ヨーロッパのまねばっかりして」とも批判する。

ンなこといったって、いまさらしかたがない。日本が近代化してからもう100年以上たつのだし、ヨーロッパ風に椅子とテーブルの暮らしをはじめてからも半世紀。いまさら畳の部屋でちゃぶ台を囲む暮らしには戻れない。それどころか、ちゃぶ台の歴史だって大正期の都市住宅のもの。それ以前は、いろり端を囲んで食事をしていたし、都市の商家では、銘々御膳を前に正座してごはんを食べた。正座できない子どもが育っているのを嘆くことはない。そのうち正座は、特殊な身体技法や、自虐的な趣味のひとつになることだろう。生活習慣も、身体感覚も、そのくらいあっけなく変わるとわきまえておいたほうがよい。

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