“ファシズムがなぜ蔓延したのか知りたい人”のための本

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ドラッカー名著集9 「経済人」の終わり

1.背景・要約

1939年、ドラッカー29歳の時に上梓した処女作「The End of Economic Man」の日本語訳です。

まえがきにきっぱり書いてありますが、本書は政治の書であり、経済/経営学の書ではありません。ブルジョア資本主義とマルクス社会主義の限界と、ファシズム全体主義がなぜ蔓延したのかを解明する内容となっています。

▼ 「●●人」の変遷
「宗教人」・・・自由と平等を精神的領域で実現しようとした。
  ↓
「知性人」・・・自由と平等を知的領域で実現しようとした。
  ↓
「政治人」・・・自由と平等を社会的領域で実現しようとした。
  ↓
「経済人」・・・自由と平等を経済的領域で実現しようとした。

⇒ 資本主義の「経済発展は平等をもたらす」という信条は嘘であった(世界恐慌と失業)。
⇒ 社会主義の「私的利潤をなくし、階級のない社会を確立する」という信条は嘘であった。
こうして経済的領域の独自性と自主性に基盤を置く「経済人」の社会が意味と合理を失った。

という展開が、本書のタイトルである『「経済人」の終わり』につながります。

そして、「経済人」が終わった後にそれに代わる新しい概念が何一つ用意されておらず、人々が戦争と恐慌という魔物に絶望する最中、あらゆる主義を否定し、不可能を可能にする魔術師(実際は詐欺師)として現れたのがファシズムだったのです。

2.本書の3つのポイント

ポイント(1)  なぜファシズムが蔓延したのがイタリアとドイツだったのか?

イタリア、ドイツでファシズムが蔓延したのは、それに対抗しうる民主主義が力を持っていなかった点にあるとドラッカーは考えています。

では、なぜ民主主義が力を持っていなかったというと、両国の国民が民主主義に愛着を持っていなかったから、というのがその理由です。

背景として、イタリア、ドイツでは民主主義が理想や目的ではなく、国家統一のための手段として使われました。つまり“与えられた民主主義”であったため、そこに国民の愛着がなかったわけです。

ポイント(2) ファシズム全体主義の概念は「英雄人」である。

ファシズム全体主義は、資本主義・社会主義のいずれも無効とし、それら二つの主義を超えて経済的要因に依らないところに本質がある、とドラッカーは指摘します。

では何を拠り所にしているかというと、脱経済至上主義としての軍国主義です。端的に言うと「バターよりも大砲を」という考え方です。

そして、ファシズム全体主義の上に成り立った概念が、個々の人間の犠牲を正当化する「英雄人」というものである、とドラッカーは述べています。

この犠牲そのものが正当化されるという破壊的な「英雄人」の概念は、戦争を疑問の余地のない“善”として捉えなければ成り立たないものですが、戦争の合理化は社会の崩壊を意味するので、結局ファシズムは新しい秩序を創造することができなかったのです。

ポイント(3) なぜユダヤ人は迫害されなければならなかったのか?

「英雄人」という概念を構築できなかったファシズムは自らを正当化し、軍国主義を維持するために破壊のための破壊をしなければならなくなりました。そこで、標的になったのがユダヤ人であり、反ユダヤ主義が台頭することになるのです。

反ユダヤ主義におけるナチズムの主張は
「経済活動によってユダヤ人は著しく地位を高め、権威を手に入れた。ユダヤ人は邪悪な資本主義の代表なのであり、恐慌と失業を生みだした悪魔なのだ。ユダヤ人は悪魔であるから人道的配慮も不要である」というものでした。

感想

オススメ度 : ★★☆☆☆☆

とても29歳の若者が書いたとは思えないほどの内容で、ドラッカーの著書の中でもかなり難解な部類に入ると思います。

ただ、文章構造自体が難解というわけではなく、私自身に政治学のバックグラウンドがそれほどないために難解と感じる部分が多かったので、政治学や世界史に興味がある人は楽しめる本かもしれません。

内容自体は決して退屈するものではなく、個人的には難解ながらも面白かったと感じましたが、「ドラッカーを読みたいんですけど、何がオススメですか?」と言われた時に、おそらくはじめにオススメする1冊にはなりえないため、星2つとしました。

「企業経営」という概念は全く出てきませんが、ドラッカーは本書で既に社会の中での組織の役割についての考えを述べており、ここから社会の中の組織としての企業に関心が向けられ、企業組織のありかたの探究につながっていきます。

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