音楽の”聞かれ方”はどう変わったのか『ソーシャル化する音楽』(青土社、2013/2/25発行)

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ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ

円堂都司昭(えんどうとしあき)

1963年生まれ。文芸・音楽評論家。1999年、「シングル・ルームとテーマパーク-綾辻行人『館』論」で第6回創元推1963年生まれ理評論賞を受賞。他の著書に『YMOコンプレックス』(平凡社)、『エンタメ小説進化論-”今”が読める作品案内』(講談社)、『ディズニーの隣の風景-オンステージ化する日本』(原書房)など多数。

本書の論旨

  • 本書は、インターネットのソーシャル・ネットワーキングが発達した二〇〇〇年代以降において、(主に国内の)ポップ・ミュージックがどうのように歩んできたかを考察したものである
  • ここでポイントになるのが、「遊び」である。クラシック音楽の場合、客は静かに「聴取」するのが当然と考えられているが、ポップ・ミュージックは客も歌ったり踊ったりするのが普通だ。アイドルのグラビアを眺め、更新されるブログを読むこと、音楽ゲームで楽器を演奏する真似をすること、いわゆる「聴取」から離れた楽しみ方をすることも多い
  • 世界がソーシャル化することで、音楽の受容のされ方が「聴取」から「遊び」へ重心を移し、結果として音楽がガジェット化し、「作品」「演奏」の概念も揺らいできた

音楽の3つのトランスフォーム

  • 分割 様々なレベルで「作品」としてのまとまりを分解する手法(音楽配信→アルバムではなく曲単位、フェス→「アーティストのワン・ステージ」という消費単位をつまみ食い可能な形に)
  • 変身 音楽の形を変える手法(リミックス、マッシュアップ、着メロ)
  • 合体 カラオケ・音楽ゲーム・パチスロのように、楽曲を作り演奏したアーティスト以外の人間がかかわる(合体する)ことによって起きる状態を楽しむ

初音ミク

  • 楽器の演奏なしに、デスクトップ上の作業で音楽制作を完結できる環境が、個人、素人のレベルでも整ったのがゼロ年代。その後間もなくネット動画の文化もできた。DTMクリエイターの最後の悩みであった”歌声”の出力を可能にしたVOCALOID技術
  • 音楽遊びの一種として、曲を歌ったり演奏したりする者を一種のキャラクター商品として消費する側面(アイドル文化との関連)
  • キャラクター(特定の物語のなかを特定の感情をもって生きている存在)とキャラ(同一性を残してはいるものの、複数の世界にまたがって様々なアレンジがされる存在)の違い
  • 人形浄瑠璃のように人形を通じて表現されたものを愛でる伝統が日本にはあった

つながりを求めて

  • 「音楽は『行為』であり、『演奏』『聴取』に限定されず、本質的にどんな立場からでも参加できる」ミュージッキングの概念の紹介
  • ディズニーランドのパレードで見られるような、ゲストの「キャスト化」(キャストに促されて、ゲスト(客)も一緒に手拍子をしたり掛け声をかけたりする)
  • ネットの「歌ってみた」「踊ってみた」「MAD(編集遊び)」に見られる、国民の総キャスト化
  • 日本の音楽フェスにおいて、「ライブ」より「ライブ“感”」、その結果生れる「つながり“感”」に重きが置かれている
  • AKB48はCDの購入をファンがメンバーにアクセスする権利として、 同人音楽はCDの対面販売を共同体の祝祭に参加するために用いることで、 それぞれがCDを「つながり」への欲求を満たすアイテムにしている

音楽を取り巻く状況

  • 「ロキノン的自分語り」の対極に位置するミュージシャン”菅野よう子”(いわゆる自己表現から距離を置いた裏方の職業音楽家)
  • サントラ・CM音楽の非歴史性
  • 音楽が自由/無料になる。”街鳴り”と”WEB鳴り”
  • 感想

    最近のポップ・ミュージック界隈をメジャーだけでなくネット界の反応も含め、丁寧に取り上げたレポート。商業主義に対してアレルギー反応を感じるネット住民に関し、それを1969年のウッドストックとオーバーラップしているという話も興味深い。多くの本を引用しているのでそちらも読んでみたいと思います。現代の音楽を考える上での論点の提示、という意味でも内容のある一冊だったと思います。

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