詭弁を知ろう。論ずるためにも。

14552viewsvioletReadervioletReader

このエントリーをはてなブックマークに追加
論より詭弁 反論理的思考のすすめ (光文社新書)

みなさん、今まで、論理的に考えてきて、何かトクしたことありますか? 論理学で虚偽あるいは詭弁と名指されてきた論法を主な材料として、論理的思考をレトリックの立場から批判的に検討する。議論力・反論力が身につく一冊。

議論と詭弁

議論は成り立ちにくい

  • われわれが議論するほとんどの場合において、われわれと相手との人間関係は対等ではない。われわれは大抵の場合、偏った力関係の中で議論する。そうした議論においては、真空状態で純粋培養された論理的思考力は十分には機能しない。
  • 日常議論においては、誰が語ったかということは、何が語られたかということ以上に、説得に大きく影響する場合がある。たとえ語られた内容が同じであったとしても、聞き手は、誰が語ったかによって、まるで別様の評価を下す。
  • 町を行く人は、一見正しそうな考えをそのまま正しいと判断する。が、思想家は、一見正しそうな考えを疑い、それを試みに否定してみることで、その正しさを検証しようとする。

議論で詭弁に負けないように

  • 問いの形式が「はい」か「いいえ」を要求しているからといって、それに「はい」か「いいえ」で答えようとする人は、本当の馬鹿を除いて、誰もいない。
  • 議論において絶対にやってはならないミスは、相手側に立証責任があるときに、勘違いしてこちらがそれを引きうけてしまうことだ。

詭弁によって生まれるもの

  • 問う側には、その問いに、自分にとっては有利に、あるいは答える側にとっては不利に傾くような言葉を使用し、それによって優位に立つことをたくらむかもしれない。だから、答える側は、よほど用心しないと、相手が選んだその言葉に合わせて、問いに答えさせられる羽目になってしまう。
  • 日常的な議論の場で、われわれは、しばしば相手に問い詰められ、絶句してしまうことがある。が、これは必ずしも相手の主張が正しいことを意味しない。多くは、その問いが相手にとって都合のいい言葉で組み立てられていることを失念し、馬鹿正直に答えてしまうことからくるのである。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く