教科書には載っていない情報がいろいろ書いてあります

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教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦

第一章 太平洋戦争 激烈な情報戦の真実

日本は捕虜に対して、尋問、暴行し、時には撲殺された。捕虜からあまり情報を集めることはできなかった。
英米軍は、暴行はあまりなく、残虐行為はほとんどしなかった。捕虜を収容する過程で、ありとあらゆる手段で、日本軍の情報を集めようとした。

「生きて虜囚の辱を受けず」と教え込まれた日本兵も、一旦捕虜になれば、相手側に情報を漏らしていた。
その理由は
①暴力的でない、温かい扱いによる。尋問もなければ、食事も良い。日本人は義理や人情を感じると、その恩に答えようとした。
②「捕虜の人名を日本に伝える」という脅しにより、捕虜になったことを秘密にしてほしかった。
③「捕虜にならずに死ね」と教え込まれたので、捕虜になってからのマニュアルがなかった。

第二章 明治日本の情報攻防戦

ロシアに協力した日本人スパイがいた。
敵国ロシアの工作員であり、情報提供者には月5円と、臨時給金が約束された。
日本には、中野学校といy秘密戦に関する教育を施すための教育機関があった。

第三章 日本の情報戦 衰退の謎

日独防共協定を巡る諜報戦があった。
ドイツと同盟を結んだ際も、ドイツに情報を諜報されていた。
同盟国といっても安心はできない。

中国国民党の恐るべき宣伝活動
停戦協定中でも、中国軍はそれを破って日本兵を殺害して挑発し、度々事変が起きていた。
「第二次上海事変」
南京では、安全地帯の中で便衣兵(ハーグ陸戦法規で定められた戦闘員を示すバッチを付けず、戦争の法規や慣例に違反した不法戦闘員)に早変わりした中国軍兵士が潜んでおり、彼らは市民のふりをして、日本兵に銃撃を与えた。中には、「日本軍の名を騙って南京で略奪暴行」を繰り返した中国人も確認されている。

第四章 大日本帝国 諜報組織の闇

陸軍中野学校では、軍人であることを忘れるように厳命された。
忍者。泥棒の講義もあった。

登戸研究所のスパイ平気開発
風船爆弾
怪力電波研究

満州には731部隊の生体実験施設があった。
狂気の軍医・石井四郎
監獄には、中国・朝鮮・モンゴル・ソ連の囚人が収容された。
彼らには豪華な食事が与えられた。
自由に散歩も許可された。
彼らは病気にならないように注意が払われていた。
その理由は、彼らが人体実験の材料だからだ。
最近やウイルスといった病原体が、如何にして人間の身体に入り、病気を引き起こすのか。
凍傷は如何にして発生するのか。
様々な研究は、囚人達の地獄の苦しみと引き換えに進められた。
細菌兵器の研究開発

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