禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者の『4つの名言』

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新編 東洋的な見方 (岩波文庫)

世界にとって失われてはならない「東洋のよきもの」とは何か。文字通り世界に出て西洋を自らの生活世界とした著者が、身をもって探求しつつ生きたそのドキュメント。

禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者の『4つの名言』

① 崖の上に立って、底も知れぬ谷の中に飛びこむ

  • この『飛び込み』の体験を『横超(おうちょう)』とも『飛躍』とも『直入(じきにゅう)』ともいう。そのほか、いろいろの名がある。つまり崖の上に立って、底も知れぬ谷の中に飛びこむことなのである。無限に虚なるものを見て躊躇することなく、その真只中(まっただなか)に飛びこむことである。これを知的に表現すると、『悟り』ということになる。いわゆる禅者の『見性(けんしょう)』である。東洋の人はこの悟りの経験なるもののあることを、実際自分で経験しなくとも、聞き伝えなどで、知っている。これが強みである。西洋には、この悟りに相当するいい言葉が見当たらぬ。

② 他力即自力、したがって自力即他力

  • 自力のみで動かすことのできぬものがある。これを他力というなら、その他力はまた自力のゆえに働くことが可能なるのゆえをもって、他力即自力、したがって自力即他力というべきであろう。一方では「あなたまかせ」をみて、また他の一方では自力の責任をわすれてはならぬ、すなわちその創造性の働きを看過してはならぬ。単なる「絶対他力」でなくして、他力で自力、自力で他力の融通無碍の妙処に注目しなくてはならぬ。

③ 禅の無には、無限の積極的可能性を有している。

  • 禅の無には消極性・否定性・寂滅性・破壊性などいうものは、髪の毛一筋ほども、見つからぬ。無限の積極的可能性を有っているので、いつも「君に勧む更に尽くせ一杯の酒」である。酔っ払って、ぐでんぐでんになる酒ではなくて、陶然として、一日の労を休める一杯である。禁酒家や、戒律などといって固くなっている ── 今はそんな人もなくなったであろうが ── その種の「酒のまずや」はとにかく、われら一般の凡夫には、「無」を謡ったり、「祈」ったりするより、「無」をそのままに行取するところに、また人生の妙趣があるのではなかろうか。

④ 無の極限は、無限の力をたくわえた不増不滅、不得不失、万徳円満の世界

  • 「仮我々」の世界、思議の世界、組織でかためた世界、機会や、概念や、技術や、経済や権力で締め上げた世界の中で、どうにもならぬ「無の極限」の世界がある。がらんどうの世界でない、無限の力をたくわえた不増不滅、不得不失、万徳円満の世界だ。この世界の消息に一たび接しえて、そうしてから、哲学を建立してほしい。政治をやったり、商売をしたりしてほしい。外交の問題、労資の問題、その他一切の組織関係の問題は、刃を迎えて解決できる。

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