今の世の中で、宗教が果たす意義。それは、メンタルをケアすることだ。

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池上彰と考える、仏教って何ですか?

日本の仏教の歴史と問題について、分かりやすくまとめてある本です。その中から、『ダライ・ラマ14世の考える宗教の意味』と『仏教の豆知識』についてまとめてみました。下記のまとめ以外にも、響く言葉が多く、仏教を知るにはオススメな本です。

ダライ・ラマ14世の考える宗教の意味

仏教は祈りだけではない。

  • 宗教とは信心や祈りであり、私たち仏教徒の場合も、普通は信心、祈り、瞑想などをすることだと思っている人が多いと思います。ただし、それだけでは単純すぎて、仏教の教えの意味が正確に理解されていないと思います。

仏教は感情を保つ

  • 仏教は、私たち人間が持っている様々な感情について、つまり、心という精神世界について、大変深い考察と探究をしています。私たちの心とはどういうものなのか、感情がどのような働きをしているのかを正しく理解することは、問題や困難に直面したとき、自分の破壊的な感情を克服するために大変役に立つのです。
  • 自分の感情をどのように扱うべきかを知っていると、たとえ破壊的な感情が起きても、それに取り組み、克服する手段を心得ているからです。

仏教の豆知識

四十九日の供養だけなぜ盛大に執り行うのか

  • お経に書かれてるストーリーによると、人は亡くなると七日目には三途の川に到達し、その後七日ごとに裁判を受けるとされています。だから七日ごとに法事を営み、よい裁きが得られるよう供養するのです。閻魔大王は五回目の裁判を担当する裁判官です。七回目の四十九日は最後の裁判です。浄土に行けるのか、あるいは次にどんな肉体を得るのか、この日の裁判で決まります。ですから四十九日の法要は盛大に行い、傍聴席からお経を読んで声援を送るのです。

輪廻転生について

  • 人の死について、私はこうとらえています。私が死んだ後、おそらく火葬にされるでしょう。分子や原子レベルに還元されます。そして、いずれ原子と原子がまた結びついて、新たな物質の一部になります。私を構成していたものは消滅することなく、形を変えて残ることになります。土葬になったら土に還ってまた新たな何かになるのでしょう。

ブッダでさえ煩悩を振り払えない

  • 煩悩の炎を吹き消せば、私たちは心のやすらぎを得ることができ、涅槃(ニルヴァーナ)、すなわち悟りに至ることができるのです。ブッダは実際に、涅槃の境地に到達しました。
  • ブッダは涅槃の境地に至り、悟りを開いた後も気をつけていました。たとえばブッダは一ヶ所に長くとどまることなく、一生旅を続けました。居場所をもうけてしまうと、その場所や人間関係にとらわれて、離れがたくなったりします。持ち物が増えれば、それを守りたくなったり、別のものが欲しくなったりしがちです。
  • そうした欲が頭をもたげるのを防ぐため、信者から寄進された寺に長居せず、布教の旅を続けたのです。すでに煩悩の姿を見極めたブッダでさえ、油断するとまたからめとられてしまう。煩悩とはそれほど人間にとって根源的なものなのです。当初の仏教が俗世間から離れる出家を勧めたのも、普通の生活をしていては煩悩を断ち切ることはできないからです。

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