日中韓関係はなぜ、これほど悪化しているのか?

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<図説>日本・中国・韓国の歴史と紛争

 今、日中韓関係は国交正常化後最悪と呼ばれる危機的状況の渦中にある。
 2014年3月25日のオランダ・ハーグで、バラク・オバマ米大統領の仲介によりやっと安倍晋三首相と朴槿恵韓国大統領が一同に会する日米韓首脳会談が開催された。しかし「従軍慰安婦」を始めとする歴史認識問題や「竹島」という領土問題を巡って、日韓関係は未だ冷え込んでいる。
 さらに日中首脳会談は第二次安倍政権になってから一度も実現していない。要因は東シナ海の「尖閣諸島」と「防空識別権(ADIZ)」という領土問題だ。
 連日、中国側の挑発とも取れる発言や、これに対する米国を巻き込んだ日米による中国批判が続き、日本の週刊誌は「第三次日中戦争が始まる」と煽り立てている。
 しかし本来、メディアの役割とは一つ一つ史実を「検証して」煙の立ち上った着火点を鎮火することのはずだ。
 本書は、日中韓の三か国がいかなる関係史を経て今に至ったのか、その根底にある過去のしがらみを解き明かし、冷静に現在の東アジア危機を見定める読者の目を育くむ日中韓関係入門書である。
 まさに今、日韓で揉めている「従軍慰安婦」問題で韓国は中国人を巻き込んで共闘する構えを見せているが、竹島問題でも韓国は日本よりその外交手腕は上をゆく。
 事の発端は1953年日米合同委員会において竹島を在日米軍の爆撃訓練区域から除く決定が成されると同時に、同海域で日本が漁業を再開した時代まで遡る。韓国漁船による違法操業が発覚した後、日本は海上保安庁の巡視船を派遣するが、漁民の護衛についていた韓国の警官たちは発砲という軍事行為に及んだ。
 翌年6月、韓国政府は沿岸警備隊の一部を駐留目的で竹島に派遣。灯台や無電台、接岸施設の建設、戸籍の発行など竹島領有の既成事実化を進め、日本漁船の拿捕や漁民が抑留される事件が相次ぐようになった。韓国は1952年1月18日の海洋主権宣言(李承晩ライン)を根拠としている。1965年の日韓国交正常化に伴い、日韓漁業協定の締結をみて、李承晩ラインは撤廃されたが、竹島帰属問題は棚上げにされた。
 2012年8月10日に李明博韓国大統領が竹島上陸してから問題は再燃。さらにロンドン・オリンピックで男子サッカーの韓国選手が「独島は我々の領土」と書かれたメッセージボードを掲げたことから、今日の日韓関係は悪化したのである。
 また、中国共産党は日中戦争以来一貫して「反日」運動を自らの求心力として利用してきた。戦後、日本は外交において中国を援助してきたが、それさえも中国は当然視するばかりか、1987年6月に当時の最高実力者だった鄧小平は次のように断言している。「率直に言うと、日本は世界のどの国よりも中国に対する借りが一番多い国であると思う。国交回復の時に、我々は戦争賠償の要求を出さなかった。両国の長い利益を考えて、このような政策を行った。東洋人の観点からいうと、情理を重んじているのであって、日本は中国を助けるために、もっと多くの貢献をすべきだと思う。」
 鄧小平は民主化運動弾圧の負の側面を補うに十分な国民の生活水準を著しく向上させたという功績があった。しかし、政権後半になると、国民の関心は党よりも金銭に移行し、経済衰退した際の保険として新たな求心力が必要だったのだ。それがナショナリズムの高揚と表裏一体の「反日運動」であった。
 今日、中国は国防費を8082億3000万元と前年度比12.2%増額したが、反面バブル崩壊間近だと騒がれている。経済危機が予見されるようになると、中国党指導部は歴史的に「反日」感情を扇動してきたと言えるだろう。

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