働くひとのためのキャリア・デザインで大切なのは「人生の節目」

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働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)

節目ではキャリアはだれもの問題となる

就職活動している学生は、キャリアの入り口に立っている。そのときに発する自分への、会社への問いかけは、そのまま節目ごとに再度浮上する。たとえば、自分はなにに向いているのか。なにをしているとハッピーなのか。その会社にどのような仕事があるのか。ミドルになっても、もっとベテランになっても、節目では同じような問いを発するものだ。

思わぬ異動、出向・転籍、海外勤務を言い渡されたとき、そこでなにを期待し、なにを自分に築き上げるべきか、考えることだろう。自分で希望して新世界をめざすときには、なおのこと自覚的に、この問いを自分に、そして会社にぶつけることだろう。

ミドルのひとも、ちょうどキャリアや人生の半ばで、自分の歩みを振り返り、将来を展望するときには、キャリアについて自問していることになる。

転職を考えているひとは、年齢にかかわらず、新たな節目をくぐるキャリア上の選択に迫られている。早期(優遇)退職制度に手をあげるべきかどうか迷っているひとも岐路に立っている。昔ながらの定年退職もまた、ひとつの節目だ。それを機に、自分探しがさらに本格化するひともいる。

転職や海外勤務はするひともしないひともいるが、就職、異動、退職はだれもの問題だ。仕事生活に節目の時期がある限り、キャリア・デザインは、起業するひとや、外資系のキャリア・ウーマン、転職してセカンド・キャリアを歩むひとだけの問題ではなく、それは、だれもの問題だ。

われわれは、キャリアの問題を考える概念的ツールとしてなにをもっているだろうか。経験そのものが豊かなひとでさえ、意外と道具箱は乏しいのではないだろうか。

「私の履歴書」の内容分析

キャリアのあり方に、この個人主義と間人主義の対比は、どのように反映されているだろうか。西欧では(特に、アメリカのように「オレがオレが」という国では)、キャリアと言えば、自分を頼りに自己決定していく対象である。これに対して、日本では、キャリアを自己決定するというよりは、お世話になったひとたちとの相互依存のネットワークのなかに根づいていると予想される。

後者については、日本経済新聞のコラム「私の履歴書」の内容分析を通じて、キャリアのなかにも間人主義が見られることを確認した(浜口氏は、西欧の個人主義のキャリアについては、特に比較可能なデータの内容分析をおこなっているわけではない)。

日本人にとってのキャリアとは、(この研究が報告された書籍のサブタイトルが示すように)「人脈のなかの履歴」であるというのが、結論だ。 「私の履歴書」に執筆を依頼されるような日本社会の成功者たちも、キャリア(轍)を振り返るとき、節目(岐路)において重要な人たちのお世話になったということが強調される。節目で自己決定したという点よりも、節目ではだれか大切なひとのお世話になったということが、強調されるのである。

日本人のキャリアとは、個人のキャリアというよりも、社会的経歴(social career)もしくは「対人的脈絡(ヒューマン・ネクサス)の生涯にわたる歴史」にほかならない、という。「私の履歴書」をデータ源に間人主義モデルを日本人のキャリアの問題に適用した研究の意味に関して、浜口氏はつぎのように要約する。

私たちが眺めてきた多くの事例で共通しているのは、自伝だとはいえ、その履歴が、まさしく人脈のなかで描き出されている、という事実である。自分の経歴にとって〝重要な他者〟、つまりレファレント・パーソン(キャリアの制御システム)への言及が、いかに多かったことか。そしてまた、どんなにそれへの感謝の念に満ちていたことか。……日本人の自伝におけるこのようなスタイル自体が、人と人との間を重視する「間人主義」文化のひとつの現れだ、とも見なせよう。「間人型」経歴たるゆえんである。

このような観点から、社会的経歴におけるレファレント・パーソン(キャリアを歩むうえでお世話になるひと)が注目されることとなる。キャリアを歩むうえでのこのような他者(career othersと呼ばれる)の三つの機能は、準拠者(レファレント)、経歴上の先生(career teacher――これには、予言者、スター、反面教師を含む)、スポンサー(自分の支援者)である。

わたしたち自身の調査でも、ミドル・マネジャーになるころでも、このような人びとの存在が重要な役割を果たしていることが判明している。

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