彼が作ろうとした国家とは、それ自体が知を循環させるひとつのフォーラムだったのではないか

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伊藤博文―知の政治家 (中公新書)

第1章 文明との出会い

 1 「博文」の誕生
 2 制度へのまなざし
 3 急進から漸進へ―岩倉使節団の体験

第2章 立憲国家構想―明治憲法制定という前史

 1 立憲政体の導入へ―1880年の憲法意見書まで
 2 明治14年の政変
 3 滞欧憲法調査
 4 憲法制定期の伊藤の思想―国制知の造形
 5 超然演説―憲法成立と政党政治
 6 国民政治としての憲法政治―皇族華族宛演説

第3章 1899年の憲法行脚

 1 万物は流転する―伊藤の世界観 
 2 全国遊説―憲法の伝道
 3 改正条約の施行と文明国への参入
 4 国民政治の注入
 5 実学による国民の創出

第4章 知の結社としての立憲政友会

 1 立憲政友会への道―政党政治家への転身?
 2 政党政治との距離
 3 立憲政治と政党政治
 4 政友会の結成
 5 「党」から「会」へ―政友会の理念
 6 シンクタンクとしての政党

第5章 明治国制の確立―1907年の憲法改革

 1 政友会の蹉跌
 2 政友会から帝室制度調査局へ―憲法改革の取り組み
 3 1907年の憲法改革1―天皇のさらなる国制化
 4 1907年の憲法改革2―内閣中心の責任政治と軍部の抑制
 5 伊藤博文の明治国制

第6章 清末改革と伊藤博文

 1 1898年の中国訪問―政友会へのもうひとつの旅
 2 戊戌政変との遭遇
 3 張之洞との出会い
 4 「憲法行脚」のなかの中国観―政友会の通商国家戦略
 5 中国再見―清末憲政調査団と中国観の変容

第7章 韓国統監の〝ヤヌス”の顔

 1 統監と総裁
 2 「文明」政治の伝道―儒教知との対決
 3 軍制改革としての韓国統治―憲法改革の延長
 4 韓国統治の挫折

感想

憲法のもと、治者の支配は決して恣意的になされるのではなく、その権力の発動と運用に憲法の規定による規制が課される。曖昧模糊でない支配とは以上のように説明される。
すなわちそれは、憲法によって権力が制約され、その運用が規律されている政治なのである。

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