日本人の生命保険好きが始まった理由は保険会社の販売戦略だった!

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生命保険のカラクリ (文春新書)

日本人の生保好きはいつから始まったか

日本人が「生命保険好き」であることは、多くの人が認めるところだが、実際、日本は世界に類を見ない生保大国である。

日本と米・英・仏・独という保険大国の、世界の生命保険料収入に占めるシェアで世界の保険料の合計の三分の二を占めるが、そのうち日本は一六%と米国に次いで二位である。そして、わが国の大きな特徴として、生命保険料の総額が大きいだけでなく、一人当たりが加入している保険金額(死亡保険の保障額)が群を抜いて大きいことが挙げられる。

国民一人当たりが加入している保険金額は、アメリカが五八〇万円、イギリスが二六〇万円、ドイツが二〇〇万円であるのに対して、日本は約一六〇〇万円と、突出して大きい。生命保険文化センターの調査でも、わが国の世帯平均の死亡保険金は、二九七八万円なので、この傾向は大きくは変わっていないだろう。

払っている保険料で比較するよりも、「加入している保障の金額」で比較すると、日本が先進国のなかでも抜きんでていることが分かる。このことは海外の生保市場が、死亡保障よりも貯蓄志向の性格が強いのに対して、日本では「万が一の場合」の家族の生活保障を提供する死亡保障としての意味合いが強いことを意味する。

日本人はなぜ、これほどまでに多くの死亡保障に入っているのだろうか?

その理由を探るために、各国がその経済規模と比べて、どれだけ生命保険に入っているかという「保障金額の大きさ」について、個人保険(個人年金を含む)の保障総額を名目GDPで割った「マクロ保障倍率」というデータの推移を見てみる。

アメリカやイギリスのマクロ保障倍率が、名目GDPに対してほぼ一倍程度であるのに対して、二〇〇三年時点で日本のマクロ保障倍率は、民間生命保険会社で約二倍。これに簡易保険(当時)・JA共済といった保険会社以外で保険同等の商品を提供している主体を加えると約三倍となっており、国際的に見てずば抜けて高い水準にあることがわかる。このような国際的な差異については、以下のような、市場環境の違いで説明されることが多い。

日米を比べると、アメリカでは、早くから生命保険業界が銀行・証券・投資信託などとの厳しい競争にさらされたため、生保が必ずしも、十分にシェアを高めることができなかった。これに対して、わが国では銀行・証券・保険の相互参入を認めず、業界別の縦割り行政で保護されるなか、生命保険は税優遇をはじめとするメリットを与えられたため、拡大する家計所得や個人金融資産を上手に取り込むことに成功した。

これに加えて、アメリカでは女性の社会進出により死亡保険のニーズが低くなり、代わって個人年金の販売が進んだのに対して、日本では女性の労働力率が停滞し、死亡保障ニーズが強く残った。すなわち、金融自由化の遅れや女性の社会進出が進まなかったことなどが、日本の巨大な保障市場を生んだ原因だと説明されるのである。

もっとも、現在では三倍近い開きがあるマクロ保障倍率も、一九七〇年以前は日・米・英でほぼ同水準にあった。わが国における保障総額は七〇年代以降、急速に拡大していったのである。つまり、日本人の「生保好き」は国民性に根差したものというより、ここ三十年ぐらいの傾向にすぎない。

この時期になぜ、日本で「保障の大型化」が進んだのだろうか。答えは、規模の拡大に走る保険会社の戦略にあった。従来、生命保険の主力商品は満期保険金と死亡保険金が等しい、貯蓄タイプの「養老保険」であった。

たとえば三十歳のときに、六十歳を満期とした保険金五〇〇万円の養老保険に入ったとする。三十年間、保険料を払うことで途中の死亡に備えるが、ほとんどの人は無事に六十歳の満期を迎え五〇〇万円を受け取る。つまり「貯蓄」としての意味合いが強い。

それが、一九七〇年代から九〇年頃の間に、貯蓄部分を薄くし、死亡保険金が満期保険金の十倍、二十倍といった高倍率の保障性の商品が数多く販売されるようになった。

このように死亡保障の大型化が進んだ要因として、「人口の都市集中化によって大家族制度の崩壊と核家族化が進み、世帯の稼ぎ手がひとりとなったため、各家庭における遺族保障ニーズが増大した」という説明がされることが多い。確かに、このような需要サイドの変化があったことは疑いない。しかし、その核心はむしろ供給サイドの事情、すなわち規模拡大に走る生命保険会社側の戦略的な意図にあったと理解されるべきである。

八〇年代にはすでに死亡保障に依存する成長は限界に近づいていた。この時期、新契約の伸びは頭打ちとなっている。本来ならば顧客ニーズの変化に対応して、この時点で医療保障や年金保険へ重点をシフトすべきだったのだが、生保業界は死亡保障の大型化と販売組織の拡大という、従来の戦略を変えることができなかった。生保会社の営業職員の高い販売コストを賄うためには、収益性が高い商品を売り続ける必要があったからである。

貯蓄性の商品と保障性の商品を比べたとき、払い込む保険料は同じでも、利益は後者の方が何倍にもなりうる。一〇〇万円の貯蓄性商品を売っても手数料はせいぜい数パーセントしか取れないが、死亡保障であれば三割から六割まで手数料が取れるのだ(この仕組みについては、第二章で述べる)。また一般に、最近人気の医療保険は保険料単価が小さく、主力商品に据えるには物足りなかった。

したがって生命保険会社としては、同じ保険料を徴収できるのであれば、貯蓄の要素を薄め、保障の要素を高める方向に動く。こうした戦略的な意図もあって登場したのが、「定期付終身保険」である。これはベースが養老保険に代わって終身保険になったものだが、一九八三年以降、急速に定期付終身保険の契約が増加し、やがて従来の主力商品であった養老保険に取って代わるに至った。

つまり、日本人が元来、「生保好き」だったというわけではない。よりたくさんの手数料を取りたいと考える保険会社の販売戦略が、そうさせたのである。

感想

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