グローバル社会を戦い抜き、身の立てる。

26107viewsvioletReadervioletReader

このエントリーをはてなブックマークに追加
芸術闘争論

「日本芸術界の欺瞞の歴史と、その安楽な生き方と、闘う。」という本ですが、そこから、どの分野でも生かせると思われる、「グローバル社会を戦い抜き、身の立てる」と感じた部分をまとめました。

グローバル社会を戦い抜き、身の立てる。

文化を芸術に持っていけるか?

  • ぼくが宮崎駿信者といってはばからない理由は、まず日本のアニメーション文化を芸術にまで仕上げていったこと。その葛藤の歴史を追ってゆくことで、さまざまな戦後日本の歪みが発見可能であること。大志をもって、創造し、成功したにも拘わらず、彼らの作品を見た子供たちは覚醒していないという悲劇もあわせもつ生き証人の生き様に、人生の大きな哀しさと芸術の不可能性の悲劇を見て取れるからです。

自分の専門の文脈を知り尽くせ。

  • たとえば、村上春樹はきちんと小説の構造、日本の小説の歴史の文脈を知っていて、引き出しが多い。小説の文法を知っている。そのメカニズムを知っているので、その仕組みの中にこの日本の30年の歴史をぶち込むことで世界に発信することができるお話ができるということが「1Q84」では実験されているわけです。そういうことが本当の芸術ではないのか。それがぼくからの問題提起です。

人の心を動かす、社交的な作品を生め!!

  • 内向的な作品、私小説的な作品は絶対ダメです。だいたい、絵が下手で内省的なものを誰がみたいと思いますか。ぼくらアーティストになるような落ちこぼれは、猿回しの猿になって玉の上に乗っかるしかないのです。

うまい事はコモディティ化している

  • 天才=絵が上手いということであるならば、絵が上手いということがインフレーションを起こしているので価値が下落している。だから、現代美術では、コンセプトということが非常に重要になってきている。

自分のために、絶対に手を抜くな!!

  • 「自分のやりたいことを一生やって過ごしたい」「好きなことで食って行きたい」。だから、約束を守ったり、今言ったことへの責任を取ろうという気持そのものが評価の対象となるハズなのに彼は全ていい加減にうそをついて面倒なことを避けたのです。ぼくも二〇歳代に同じようなことを言っていました。「やりたいことしか、やりたくない」と。だからこそ、ぼくは自分の将来の信用問題を考えてどんなに小さなことでも手抜きしませんでした。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く