冤罪の軌跡 弘前大学教授夫人殺害事件(井上安正)の書評・感想

1897views黒夜行黒夜行

このエントリーをはてなブックマークに追加
冤罪の軌跡―弘前大学教授夫人殺害事件 (新潮新書)

http://blacknightgo.blog.fc2.com/blog-entry-2005.html

本書は1949年8月6に起こった、通称「弘前大学教授夫人殺害事件」の顛末を追った作品です。裁判の過程で、この事件に深く関わった、当時新聞記者だった著者によるノンフィクションです。
その日、自宅で寝ていた弘前大学教授夫人は、何者かに首を刃物で刺され、死亡した。犯人は、滝谷福松という、当時19歳の男。ヒロポン漬けになっていた滝谷は、女性に触れたいという邪な気持ちから家宅侵入し、殺人を犯したのだ。
捜査はなかなか進展しなかった。被害者には特段恨まれるような理由は見当たらず、決定的な目撃者も出なかった。凶器も、結局最後まで発見されなかった。
那須隆は、那須与一宗隆の直系の子孫であり、長男だった隆は父親に厳しくしつけられた。警察官にとりたててもらいたいと考えていた隆は、自ら血痕を探したり、目撃証言の裏を取ったりという行動を取っていた。隆としては、警察にアピールしているつもりだった。
しかし警察はそうは見なかった。隆の行動を不審に思った警察は隆をマーク。しばらくして警察の心証が固まり、隆を逮捕するに至ったのだ。
隆は取り調べでも一貫して否認を続けた。しかし、素人目にも無茶苦茶ではないかと思わされる裁判を経て、隆は有罪判決を下されてしまう。
滝谷の方で動きがあり、ギリギリの細い線を辿るようにして、再審請求のチャンスが巡ってくる。しかし…。
というような話です。
事件モノの作品は結構読んでて、僕がこれまで読んできた作品と比べると、インパクトという点ではちょっと落ちるけど、これはこれでなかなか凄い作品でした。冤罪というのは本当に最低最悪の事柄だと思うんだけど、この事件はちょっとどう考えても酷い。
これとまったく同じ事件が今起こり、同じような過程で捜査が進んだ場合、同じような流れになっただろうか、と思う部分はある。これは、この事件が起こった当時だったからこそ起こったのではないか、と。特に僕は、隆が裁判に掛けられることになった、という点でそう思う。現在では、公判維持が出来ないという理由で、少なくとも本書と同じような状況のままでは裁判には踏み切らないのではないか、と思う。少なくとも、もう少し物証なり証言なりを集めてからでないと厳しいという判断になるのではないか。
なにせ、隆は結局自白せず、動機は不明、凶器も見つかっていない、唯一の物証は、『血がついたとされるシャツ』なのだけど、これは素人目に見てもどう考えてもおかしいいわく付きの証拠で、裁判は、この唯一の物証だけを根拠に進められていくのだ。
そこに、法医学界の天皇と呼ばれた古畑という人物が絡んでくるのだ。検察は、古畑の権威を利用して、唯一の物証であるシャツの怪しさを払拭しようとする。こんなやり方も、どうだろう、今ではなかなか通用しないんじゃないかな、という気がする。でも現在の場合は、法医学者ではなく精神科医で似たようなことが行われている気がするけど。
この古畑という法医学者は、なかなか凄い。戦後の四大冤罪事件と呼ばれる、「財田川事件」「島田事件」「松山事件」「免田事件」の内、初めの三つの事件は、この古畑の血液鑑定が有力な決めてとなって有罪が確定し、死刑となったのだ。古畑は、「捜査陣が挙げ得なかった犯人を、法医学の力で挙げた」と言ってはばからなかったそうだけど、本当に、ちょっと酷過ぎるのではないかと思う。

感想

本書では、きちんとした形で事件と向きあう人間も出てくる。隆の弁護をする人たちはもちろんきちんとしているのだけど、刑事や裁判官の中にも、まっとうな判断の出来る人がいる。特に最後の三浦裁判長は素晴らしい。こういう、自分の頭で判断し、その判断に自分が責任を持つような、そういうきちんとした仕事の出来る人が多くなればいいんだろうと思います。
冤罪というのは、本当に恐ろしいです。防ぎようはないかもしれませんが、知識だけはあった方がいいかもしれません。そんなこと関係なしに、ノンフィクションとしてもなかなか面白い作品です。是非読んでみてください。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く