know(野崎まど)の書評・感想

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know (ハヤカワ文庫JA)

『天才』を描くことは、とても難しい
例えば僕達がまだ身近に感じられる天才の中に、棋士がいる。棋士の天才性を理解することは、まず前提として自分がその思考に近づけなくてはいけない
しかし、そこに立ったからと言って、同じものが見えるわけではないだろう。僕等に見ることが出来るのは、天才が点々と残していく様々な痕跡の残滓ぐらいなもので、それらを少しずつ拾い集めながら、想像するぐらいのことしか出来ない
『天才』という存在を小説の中で描き出すためには、まずその、「理解できない残滓」をたくさん残さなくてはいけない。『天才』は、天才であるが故に、世の中に対して分かりやすくある必然性がない。だから、『天才』が残す痕跡は、ほどよく理解できないレベルでなくてはいけないと思う
これ自体は、そう難しくはないと思う。思わせぶりな描写で、「理解できなさ」を醸し出すことは
しかし、小説の場合、『天才』の天才たる有り様をどこかの段階で放出する必要がある。ただ文字で、「彼は天才です」と書くだけでなく、彼が天才であるということを示さなくてはいけない
このハードルは、とても高いだろう。そもそも、僕ら凡人には理解できないからこその『天才』なのであって、だけれど小説であるからには、『天才』が「本当にとんでもない天才なんだ!」と、凡人である僕らが実感できるようにしなくてはいけないと僕は思う
本書は、それに驚くべき形で応えている作品だと僕は思う
本書には、異質な天才が二人登場する
一人は、世界を変える発明をした男。「情報」というものの存在・扱い・意味をすべて一変させてしまった、文字通り世界を変えた男
そしてもう一人は、そんな世界を変えた天才が生み出した創造物だ
二人の天才の天才性が、凡人である僕らに伝わる理由が、物語の中にきちんと組み込まれている、という点が実にいい。本書は、その長いようで短い濃密な一瞬を切り取った、人類に新たな世界を提示するための不思議な数日をメインに描いた作品です

いや、ホントにもう、凄いとしか言いようのない作品でした
物語の中身については、一人の天才少女が出てくる、ということぐらいしか言えない。ストーリーは相当に精緻に構築されていて、無駄な部分など何もないと思えるほどあらゆる部分が繋がっている。だから、一部分だけ抜き出して内容に触れる、ということがとても難しい。本当は、作中で描かれるあれこれについて触れたい感じはするのだけど、、ストーリーに触れると何らかの形でネタバレになりそうでちょっと出来ません。
一つだけ。この描写はちょっと凄いと思う

『きっと人は近づかずにはいられない。行けるならば、行ってしまうでしょう。光すら隔絶される向こう側。誰も戻って来られない事象の地平線の先に飛び込んでしまう』

ブラックホールに近づいたら死んでしまうけど、それでもそこに近づくことで何かを知ることが出来るなら、最終的に人間はそこに近づいてしまうだろう、と少女は言います。これは、ただの雑談だと思っていたのですけど、全然そんなことがなかった。むしろ、少女の目的の根幹を成す、と言っても言い過ぎではないかもしれない。この部分だけではない。物語の、あらゆる部分が絡み合っていく。天才以外の凡百の人類にとっては意味不明な様々な言動が、一つに束になって、新しい世界の鍵となる。ラスト、怒涛のように展開される光景には、なんというか美しささえ感じました。古来人類は、絵画や物語など様々な形で「神」を描き出してきただろうが、技術的可能性の延長線上に「神」を描き出す作品はそう多くはないだろう。本作はそれを追求している

感想

設定として、なかなか飲み込みにくい部分もあるかもしれません(僕も、SFを読むのはそこまで得意ではないし、それに加えてパソコンとかネットワークとかそういう方面の知識は脆弱なんで、うまく捉えきれなかった設定はある)。しかし、すべてきちんと理解しなくては読めないわけではないし、SF的な話だけではなく、古代史や神話や禅の話なんかも出てくる。すべてがきっちりと組み上がった美しい造形物のような作品で、無駄がない。『天才』という、特異点のような存在も、実に魅力的に、天才らしく描かれていく。野崎まど、ちょっと凄いかもと思い直しました。是非読んでみてください。

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