アフガン、たった一人の生還(マーカス・ラトレル)の書評・感想

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アフガン、たった一人の生還

内容に入ろうと思います。
本書は、世界最強とも謳われる<米国海軍SEAL部隊>に所属する著者が、アフガニスタンで4人でも作戦従事中にタリバンの兵士に襲われ、4人対数百人の激烈な戦いをくぐり抜け、たった一人アメリカへ帰還を果たした男の、慟哭と悔恨と怒りに満ちたノンフィクションです。
彼らは、たった一人の羊飼いを見逃したことで、絶望的な危機に置かれることになった。

『まっすぐにマイキーの目を見て、おれは言った。「こいつらを解放するしかない」
それはおれがこの世に生を受けて以来した、最も愚かで南部的で間抜けな決断だった。とても正気だったとは思えない』

本書は著者の、<交戦規則>への怒りの物語でもある。

『けれども、レンジャー、シール、グリーンベレー、その他何であれ、そういった米軍先頭兵士たちの観点からすれば、交戦規則は非常に深刻なジレンマを突きつける。おれたちもそれを守らなくてはならないことは理解している。なぜならば、それはおれたちが仕えると誓った国の法のもとに定められたルールだからだ。しかし、それはおれたちにとっては危険を意味する。世界的なテロとの実践場でのおれたちの自信の土台を揺るがす。さらに悪いのは、それはおれたちを不安にし、弱気にし、ときに及び腰にさせる』

何故彼らは<交戦規則>を恐れるのか。それを理解するために、羊飼いを解放するかどうか議論をしている時に、マイキーが言ったセリフの一部を引用しよう。

『(羊飼いの)死体が見つかったら、タリバンのリーダーたちはアフガンのメディアに大喜びで報告するだろう。それを聞きつけた我が国のメディアは、野蛮な米軍についての記事を書き立てる。ほどなくおれたちは殺人罪で起訴される。罪なき非武装のアフガン農夫を殺したからだ』

<交戦規則>は、非武装の民間人を殺してはならないと定めている。これが、アメリカが自ら立てた戦争のルールだ。しかし、現場ではそんなこと言っていられない。明らかに殺すべきだ
自国アメリカのメディアは、話題になればどんなことでも取り上げる。たとえそれが、自国のために身体を張って戦争に立ち向かっている勇敢な戦士を不用意に追い詰める行為だとしても

『シールは他のどんな的にでも対処できる。ただし、それは合衆国におれたちを刑務所に入れたがっている人間がいなければ、の話だ。だからといって、相手が非武装のアフガン農民に分類される可能性があるというだけの理由で反撃することおもできずに、喉を掻き切られるのをただ待って山の仲をうろうろしているなんてことは絶対にごめんだ』

彼らは、たった一人の羊飼いを見逃したことで、遮蔽物もない、戦闘的にはほぼ絶望的な状況の中で、しかも恐るべき訓練を受けているとはいえ、たった4人しかいない中で、数百人のタリバンに囲まれながら現状を打破しなくてはならない事態に陥る。普通、そこから生還することはまず不可能だろう。もちろんあるが、かなり運も大きかっただろう。とにかく著者は生き延びた。
しかしここからがさらに問題なのだ。著者は、撃たれ、骨が折れ、全身に激痛が走る中、連絡手段も持たないままアフガンの荒野に取り残されたのだ。アメリカ軍と連絡を取る手段はない。周囲にはまだタリバン兵が山ほどいて、見つかるわけにはいかない
そんな状況の中で、著者はいかに救助されたのか。これはまるで映画のような展開で、こちらも凄いとしかいいようがない。彼がどんな風に救助されたのか、それは是非本書を読んで欲しいのでここでは書かないけど、あらゆる幸運があ折り重なるようにして実現した奇跡の生還と言っていいと思う

感想

とはいえ、凄まじいという単語を繰り返すぐらいしか表現のしようがないほど、とにかく凄まじい状況の連続で、まさに著者が生還できたのは奇跡と言って言い過ぎではないでしょう。また、具体的には書かないけど、本書を読むと、僕らが無意識の内に一括りにしてしまいがちな事柄が、決して単一のものではないのだということ、イメージだけで捉えてはいけないということを思い知らされるような感じもあります。本当に、凄まじい作品でした。是非読んでみてください。

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