「理想的な家庭」ほど、現代社会の深刻 な病理である『家族依存症』に蝕まれている。

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家族依存症 (新潮文庫)

依存症潜伏期を見過ごしたためにこれらの悲劇は引き起こされた。旧来の家父長制と新しい家族像との間で蠢く活断層に、私たちはいかに対処すべきか? 著者の処女作を大幅改稿した文庫決定版から、4つのことをまとめました。

「理想的な家庭」ほど、現代社会の深刻 な病理である『家族依存症』に蝕まれている。

① 登校拒否などという「病気」は存在しないが、変えるのは難しい。

  • 実際には、登校拒否などという「病気」は存在しないし、その原因となる単独の個人病理などは、身体的にも心理的にも存在するわけではないのです。強いていえば、学校制度という社会制度があるから、登校拒否があるのです。学校制度への無批判な同調を強制する社会的圧力が、登校拒否をこじらせます。繰り返しになりますが、自分の心が学校をいやがる子は登校しなければいいのです。
  • こうした掟への順化と仲間との競合を制度化したのが学校です。特に近代に入って、社会が国家というシステムの中に統合されると、学校という制度は、国の体制を伝達する装置になりました。このことは、是非善悪の判断を超えた事実ですので、学校というものに幻想を抱いていろいろ工夫したり、いじくったりしてみても、この本質を変えることはできません。

② 大人であることの条件

  • 著者はこれを、「現実能力の検討」「衝動をコントロールできる能力」「自分を肯定できる能力」「いい加減にやれる能力」「人と共感できる能力」というふうに分解して考えています。

③ 基本的な自己肯定の感覚の重要性

  • 自分を正確に把握したり、自己の欠点を直視したり、欲求を我慢したりするためには、自分が世間の人に受け入れられ、愛されているという、基本的な自己肯定の感覚が欠かせないのです。私たちは人に愛されているという思うときにだけ、その人からの叱責や問題的を、建設的にうけいられるものなのです。

④ 特殊な恋愛関係と早期母子関係

  • このふたつは惚れあったふたりだけの関係であるという点でよく似ています。「アバタもエクボ」といいますが、惚れ込むことは現実検討の能力を落とし、共感性にあふれた特殊な精神状態を状態を醸し出します。この特殊な共感状態を私は「ミルクのあふれた関係」と読んでいるのです。母親は文字通り乳児に惚れ込んでおり、そうすることで乳児からさまざまな報酬を得ているのですから
  • 二人の関係は「分かち合いでもあるのであって、一方的な「与え」ではありません。乳児のほうは自分に惚れ込んだ母親のまなざしと物腰を頼りに、「祝福される自己」イメージを作り上げていくのですが、これがうまくいかないと、乳児は自己をとらえ損なうことになってしまいます。そうした不幸な立場に置かれた人はやがて「この世はわたしにとってばちがいなところではないのか」という疑問にとらわれることになるでしょう。

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