格付けしあう女たち(白河桃子)の書評・感想

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(010)格付けしあう女たち (ポプラ新書)

内容に入ろうと思います。
本書は、男にはなかなか理解しがたい、女性の複雑な「カースト」の世界を、大学講師として多くの女子大生と関わったり、働く女性や専業主婦に話を聞いたり、「女性が輝く社会のあり方研究会」委員でもある著者が、様々な生の声と共に描き出す作品です。

『一つの集団において、そこに属するメンバーそれぞれが、その集団にしか通じない基準でお互いを暗黙のうちい格付けしあい、その序列の認識と共有が行われる。これを日本型カーストとしてこの本では定義しようと思います。
その集団における強者・弱者が「その場の空気」でメンバー全員に共有され、その結果、各人の行動まで限定されます』

本書では、「女子カースト」をこんな感じで定義します。では、どうして女子の世界にだけ、これほどまでに複雑なカーストの世界があるのか?

『隣の芝生は誰にとっても青い。ちょっとの運命の差で、私もあの青い芝生に行けたのに…と思ってしまう。
そんな「移動可能な」場所に青い芝生があるからこそ、女同志は「人は人」「自分は自分」という風に割り切れないのです。男性だったら、アルバイト暮らしが突然タワーマンションに住むのは、一攫千金を引き当てたデイトレーダーぐらいでしょうか?女性の人生のほうが、コツコツ階段を上らなくても、突然エレベーターに乗る…という可能性がまだあるのです』

これはあくまでも本書で示されている一つの可能性に過ぎないけど、なるほどと思わせる説明です。ママ友にはママ友の、独身女性には独身女性の、専業主婦には専業主婦の独特のカーストがあるわけですが、「ちょっとした運命の差で、私もあの青い芝生に…」という気持ちを持ちやすいのは、やはり女性の世界の方が強いのだろうなと思います。
また、女性には、こんな複雑さもあります。

『女性の場合、社会的な成功と同じくらい「女としての幸せ」というダブルスタンダードで人生を計られてしまうので、余計に複雑なカースト内順位争いに巻き込まれてしまうのです』

男の「社会的な成功」というのは、ほぼ仕事で計られることでしょう。そしてそれがイコールで、「男としての幸せ」とされる。そういう理屈は、未だに通用するでしょう。でも女性の場合、「仕事で成功すること」が社会的な成功だとしても、それが「女としての幸せ」とは限りません。結婚や子育てなど、さらに多くの場面で「勝ち」を拾わなければ、自分に対しても周りに対しても「幸せ」だと思えないわけです。そういう風に、社会から思わされているわけです。男であれば、人生の成功を計る指標は多くないから、格付けしようにもシンプルなものにならざるを得ない。しかし女性の場合は、男と比べれば遥かに広い範囲に渡って成功を計る指標が偏在しているので、格付けが複雑怪奇になっていくのです。
また、女子カーストの複雑さは、「自分自身の評価ではない」という場合があるので、さらに複雑になっていくのです。専業主婦のカーストがどんな風に決まっていくのかを見て行きましょう。

『「人ってきっと、物心ついた時からずっと、自分が社会の中のどの位置にいるのかを意識しながら生きている。けれど専業主婦はその位置を計るものさしがない。結果、夫や子供に頼らざるを得ないんです。働いていないと、結婚した人によって勝手に格付けされてしまう」(Mさん)』

『金銭的にも夫の給料に頼らざるを得ない彼女たちは、どうしても夫の年収によって行動範囲や金銭感覚の差が出てきてしまう。結婚するまでは同じレベルにいた女友達とも、そこで自然と階層の分断やカーストが生まれてしまいます。』

感想

本書を読んで、女性がなかなか「共闘」できない理由がなんとなく分かったし、上司や夫は、女性の部下や妻に対してどんなことをすべきなのかも見えてくるように思います。女性にとっては、本書に書かれているようなことは、日常的に感じ取る当たり前のことでしょう。だから僕は、本書は男が読むべきだと思います。女性の複雑な社会を知ろうとし、ほんの僅かでも自分の行動に反映させていけば、少しずつでも何かは変わっていく可能性があるのではないか。そんな風に感じました。是非読んでみて下さい。

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