内田樹による天下の暴論『6選』

26626viewsvioletReadervioletReader

このエントリーをはてなブックマークに追加
街場の憂国論 (犀の教室)

「先生、いったい日本はどうなってしまうんでしょう?」
その疑問に天下の暴論で答えます!

そう宣伝された本書ですが、その中から好きなフレーズを6つまとめました。

天下の暴論6選

①民主制は、日本の家電のように、誰も満足しない。

  • 議会制民主主義というのは、さまざまな政党政治勢力がそれぞれ異なる主義主張を訴え合い、それをすりあわせて「落としどころ」に収めるという調整システムのことである。「落としどころ」というのは、言い換えると、全員が同じように不満であるソリューション(結論)のことである。誰も満足しない解を得るためにながながと議論する政体、それが民主制である。

②行政は管理部門で支援が目的であることを忘れない。

  • 行政官に対しては「税金を無駄使いしている」という批判はありうるが、「稼ぎが悪い」という批判はありえない。管理部門は価値あるものを創りだすプロセスを支援するのが仕事であって、自分たちではなにも価値あるものを創りださない。行政とはそのような管理部門である。そして、そういうものでよろしいいのである。

③販売拡大をし続けることはありえない。人間には限りがある。

  • ひとわたり欲しいものは手に入ったら、購買力が落ち、経済成長は鈍化する。欲望が身体を基準にしている限り、欲しい物には限界があるからである。1日に三食以上食べるのはむずかしい(してもいいが体を壊す)。洋服だって一着しか着られない。かように身体が欲望の基本であるときには、「身体という限界」がある。ある程度以上の商品を「享受する」ことを身体が許してくれない。そのとき経済成長が鈍化する。

④日本人らしい、集団で支える視点

  • 今の日本における若年層の雇用環境の悪化は「多くの人に就業機会を与えるために、生産性は低いが人手を多く要する産業分野が国民経済的には存在しなければならない」という常識が統治者からも、経営者からも失われたからではないのか。

⑤関係者が集まることの異議

  • 外交についての経験則のひとつは「ステークホルダーの数が多ければ多いほど、問題解決も破局もいずれも実現する確率が減る」ということである。

⑥ぎりぎりで踏ん張れる人

  • 「オレがここで死んでも困るのはオレだけだ」と思う人間と、「彼らのためにも、オレはこんなとこで死ぬわけにはいかない」と思う人間では、ぎりぎり局面での踏ん張り方がまるで違う。それは社会的能力の開発においても変わりません。自分のために、自分ひとりの立身出世や快楽のために生きている人間は自分の社会的能力の開発をすぐに止めてしまう。「まぁ、こんなもんでいいよ」と思ったら、そこで止まる。でも他の人生を背負っている人間はそうもゆくまい。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く