魔法使いの弟子たち(井上夢人)の書評・感想

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魔法使いの弟子たち (上) (講談社文庫)

内容に入ろうと思います。
一報は、山梨県から届いた。
甲斐市にある竜王大学医学部付属病院で、謎のウイルスが蔓延、既に死者が出ているのだという。
フリーライターである仲屋京介は、出入りしている雑誌編集部からの依頼で、現地まで足を運んだ。状況はまださっぱり理解できないが、恐ろしいスピードでウイルスが広がり、既に死者も出ているという。病院は完全に封鎖され、取材も何もない。そんなわけで京介は、別のところを当たってみることにした。
そして彼は、不幸にも「竜脳炎」に罹患してしまう。竜王大学付属病院に搬送され、致死率ほぼ100%という謎の強力なウイルスに…
京介は打ち克った。
しかしウイルスは彼に、変わった「後遺症」を残すことになった。そんな後遺症を持って生き残ったのは3人。京介と、病院外部へ竜脳炎を広めたとされる落合めぐみ、そして病院の入院患者だった興津繁の三人だ。あと一人、最初の罹患者だと思われている、ウイルス研究所の研究員であり、落合めぐみの婚約者でもある木幡耕三も生存者の一人だが、彼は意識不明のまま目を覚まさないままだ。
京介たちは一様に、それぞれ違った「特殊能力」を身につけることになった。彼らは、「竜脳炎」の生き残りという汚らわしい存在として嫌悪され、また、常識では理解できない「特殊能力」を身につけている、ということで賛否を巻き起こすことになる。
彼らは研究対象者として病院で生活し、社会との接点を取り戻すためにテレビに出るようになっていくが、しかし、彼らが持つ「もう一つの特殊性」が顕になっていくことで、彼らはどんどんと追い詰められていくことになる…。
というような話です。
これはなかなか面白い作品でした。強力なウイルスによる大パニックを冒頭で描きながら、ただそれだけの作品ではない。本書の主軸は、「特殊な能力を獲得してしまった人間」のストーリーであり、さらに「彼らの絶望的な悲哀」が描かれていきます。
物語の設定はSF的で、実際にこんなことが起こるはずはまずないだろうと思います。それでも、「もし万が一自分が京介たちのような能力を獲得してしまったら、どうするだろうか」とずっと考えながら読んでしましました。
彼らに振りかかるのは、圧倒的な孤独です。
彼らはまず、「竜脳炎」の生き残り、として嫌悪されます。研究者たちは、彼らの体内にある「竜脳炎」のウイルスが安定しており、それが他者に感染することはない、と判断し彼らの隔離を解くことになりますが、世間はやはり安心出来ません。彼らに関わると、「竜脳炎」をうつされるのではないか、という恐怖から、普通の人は彼らを怖がります。
ある程度、それは仕方ないことなのかもしれません。今市民権を得ている障害や病気についても、そうなるまでは相当の偏見があっただろうし、ある程度市民権を得ていても、まだまだ差別ははびこっているのだろうと思います。僕自身も、意識的せよ無意識的にせよ、そういう差別に関わってしまっていることもあるかもしれません。
自分がその場にいたら、彼らを排除しないでいられるか。いられる、と今の僕は思いますが、確信は持てません。この作品は、実際にはありえない設定が描かれているけれども、現実にあり得る状況下での僕たちの態度を試すような部分もあるような気がします。もちろん、恐いものは恐いです。「竜脳炎」は、致死率がほぼ100%です。研究者が大丈夫だと言っても、何らかの形で間違いが起こるかもしれない。そういう恐怖を拭い去ることが難しいという気持ちも、分からないではありません。

感想

最後の最後は、もしかしたら賛否あるかもしれませんが、僕は非常にうまく落としたなという感じがしました。なるほど、そういう終わらせ方があったか、という感じです。正直読んでいて、これは一体どこでどうなったら終わるんだろう、と思っていました。あまりにも残酷で絶望的な終わりしか見えない展開になって行くのですが、そこに一筋の希望を見出すラストになっていると思いました。もちろんそれは「一筋」と言いたくなるぐらい細い細い希望なのだけど、まったくないわけではない。個人的には、いい終わり方だったなという感じがしました。
SFと言えばSFに括られる作品かもしれませんが、SF的な展開以上に、人間の悲哀や絶望に焦点が当てられている作品だと思います。それなりに長い作品ではありますが、結構スイスイ読めてしまう作品だと思います。是非読んでみて下さい。

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