人生を「半分」降りる生き方とは?

3504viewsRyo KannoRyo Kanno

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人生を「半分」降りる―哲学的生き方のすすめ (ちくま文庫)

まえがき

人生を半分降りる、とは半隠居の状態のことだ。これはセネカが言う、「余暇」。もっと具体的に言うならば自分のために使う時間のこと。みんなのための仕事も、研究も自分のための時間ではない。今存在している自分がもうすぐ死ぬという事実を前に、どう生きるか?

「繊細な精神」のすすめ

・繊細な精神とは日常的な卑近な現象から目を逸らさない精神。
日本で言う誠意、誠実さ、会話の高級な材料として学問や芸術を語る人、社会政策者はこの逆をいくもの。
・死で終わる悲惨で残酷な人生を生きる態度としては暗い方が自然だ。
和の雰囲気、明るい雰囲気に合わせることを辞めることこそ人生を半分降りるということ。

「批判精神」のすすめ

・カントの「純粋理性批判」によると、理性はほうっておけば越権行為に走り、絶えず自己批判する。批判精神とは自己批判だ。
・芸術家、学者など一芸に秀でたものほどこの精神はない。自己批判しないから。
・善良な市民にもない。凡俗な人間が、己が凡俗だと知りながら、凡俗であることの権利を主張する。大衆は自分に特殊な価値を認めず、すべての人と同じと感じ、同じことに喜ぶ。そして特権を持つ公務員や政治家を批判する。

「懐疑精神」のすすめ

・懐疑する自分は、それゆえ存在する。
・自分固有の視点と実感に沿って人生にとって最も基本的な何事かを疑うこと。

「自己中心主義」のすすめ

・自己中心主義は嫌われる。だから向いてる。
・世間一般とのズレをのばすこと。感受性を一ミリも譲らないこと。嫌なことは嫌だということ。
・愛情乞食(非完結性、非自立性を自覚)⬅➡シュジュギュイ(子供。自己完結性・自立性)

「世間と妥協しないこと」のすすめ

・大学教授、小説家、評論家など精神的職業につくか、医者など時間に縛られない職業につけば半隠居しやすい。
・「みんなのお陰で生かされている」という世間の目や圧力から逃れること。
・最大の敵は親。親は子に社会において認められることを願う。

「不幸を自覚すること」

・上記にあげたような生き方をすれば誰からも期待されないし、自分も期待しない。そうすると世間のしがらみから離れることが出来る。そうすると世間的には「不幸」になる。
・不幸を自覚し、覚悟し生きることこそ醍醐味。

感想
要約すれば1行で済む。でも内容自体はむずかしめ。
俺はまだこういう生き方はできない。

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