消えた名画を探して(糸井恵)の書評・感想

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消えた名画を探して

ヴァン・ゴッホの名前を知らない人はいないだろう。本書にも、『現在おそらく最も尊敬され、また世界中のマーケットで作品が渇望されるアーティスト』と書かれている。そんなゴッホが残した作品の中でも、『最晩年の重要な作品』と評される「医師ガシェの肖像」という作品がある。
現在、この作品が「行方不明」だということを、ご存知だろうか?いや、「医師ガシェの肖像」だけではない。バブル期に日本が買いまくった、世界有数の作品のいくつかは、現在「所在不明」なのである。

『世界で最も有名な油絵「医師ガシェの肖像」が、今どこにあるのか知っている人間が、この世界にほんの一握りしかおらず、その持ち主が、その存在を、少なくとも今のところは、なるべくそれ以上の人々に知られたくないと思っているからだ』

『世界最高の価値ある美術作品が―価値というのは「値段」というだけでなく芸術的価値を含めてだが―日本に渡り、そしてその後、十年以上の間、一度も公の場に姿を現すことなく、消えてしまったというわけだ』

『名も知られていないアーティストの、だれも気にとめないような絵の話をしているのではなく、世界で一番重要だと思われている画家たちの、世界で一番重要だと考えられる作品のことなのに、だれもが、当たり前のように、持ち主がだれなのか、絵がどこにあるのかさえ、わからないという』

『たとえば本書の「はじめに」で述べたように、いろいろな美術館が競って現在の所有者を探そうをしているゴッホの「医師ガシェの肖像」や、ピカソの「ピエレットの婚礼」がどこにあるのかわからないのはなぜなのか』

本書は、それらの謎を主軸としつつ、美術の世界に「ジャパンマネー」がどう関わり、それが美術の世界にどんな影響を与えてきたのか、そして「美術品」というあらゆる意味で扱いの難しいものが、経済や犯罪のシーンでどんな役割を演じてきたのかをつぶさに描く作品です。

僕が「医師ガシェの肖像」の行方が分からないという事実を知ったのは、望月諒子「大絵画展」という小説でだった。この作品は、一般には馴染みのない美術の世界を舞台に、「バブル期に日本が買いまくった絵画の一つであり、不良債権して銀行の倉庫に眠っている「医師ガシェの肖像」を盗み出して欲しい」という依頼を受ける人間を主軸に描く小説だ。小説としてはなかなか評価の難しい作品だったが、「医師ガシェの肖像」を巡る物語は非常に面白かった。確かその本の参考文献に載っていたか、あるいは解説で本書のことに触れられていたかしたので、本書に興味を持ったのだ。
本書を読むと、バブル期の日本の「美術品漁り」がいかにとんでもないものだったのかがわかる。「医師ガシェの肖像」を落札したのは、大昭和製紙の会長だった斉藤了英氏だが、彼が「医師ガシェの肖像」に支払った125億円という金額は、現在も破られることのない、オークション史上最高額だ。

『1987年から1990年の4年間、日本に輸入された海外の美術品は、当時の世界中で売買される美術品の金額の半分、いやそれ以上になるといわれた。正確な金額はだれにもわからないが、未曾有の量だったのは間違いない』

感想

本書で描かれているように、美術品は「マネー」としての側面も持つ。非常にあやふやでとらえどころのない、不思議な世界だ。その一方で、美術品は「ロマン」としての側面も持つ。原田マハの「楽園のカンヴァス」は、「ルソーの未発表の絵を調査する」という、なんともロマン(だけでは決してないが)溢れる物語だ。僕なんかにはさっぱり理解できない世界だけれども、絵にはそれぞれ物語や背景があり、また文化的な価値もある。それらが、「日本人の都合」のために「塩漬け」されているのは、僕個人としてはなんとも申し訳ない気分になる。美術品が、適切な環境で適切な扱われ方をすることを望むばかりである、本書は、10年位上も前の作品なので、すでに現在とは状況が変わっていることもあるでしょうが、一般にはなかなか馴染みのない美術の世界を非常に興味深く切り取っている作品だと思います。是非読んでみてください。

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