木皿泉の「日常の奇跡」と「絶品の言葉」たち

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木皿食堂

夫婦によるユニット脚本家・木皿泉のエッセイ集です。文章から、「日常の奇跡」と「絶品の言葉」が溢れていて、エモーショナルな本です。

「日常の奇跡」と「絶品の言葉」

お袋の味という財産

  • 缶入りのミートソースにウィンナーをまぜただけのパスタでも、やっぱりそれはおふくろの味なのだ。その匂いをかいだだけで、自分の母親を思い出してくすぐったいような、切ないような、照れくささを感じるからだ。そしてそんなもののおかげで自分は今ここにいるのだなぁとしみじみ思える。それは自分が死ぬまで持ち続けることができる財産みたいなものだろう。 お母さんは、子供にどんどん自己流のヘンなものを食べさせるべきだと、私は思う。

他人(ひと)の痛みを共有することは難しいし、必要なことなのだろうか。

  • 人が亡くなった後、残された人はどうなるのかというテーマを、地震前からずっと書いてきた。他人(ひと)の痛みを共有することは難しい。でも、深くわかることが本当に必要なのか、と思うようになってきた。他人にはわからないことこそが自分が自分である証、という見方もあるんじゃないか、と。

食べることで繋がる

  • 食べるというのは、自分に必要なものを補うということだけではないのだ。外の世界のものを噛み砕いて、自分の体の中に取り入れてゆく。自分の口からものを食べるというのは、力強く、外の世界を生きてゆくということだ。誰かが作ったものを食べる。誰かがとってきたものを食べる。食べることを失うというのは、外の世界を失うということだ。
  • 一緒に食べたという幸せな記憶は、いつ必要になるのだろう?たぶん、胸がつぶれるほど嘆く日のためにだろう。そんな日も、私たちは、何かを食べねばならないからだ。

パンは明日みたいなもの

  • 私の思ってるパンは、「明日のパン」なんですよ。「明日の匂いがする」って言ってるのは、スーパーとかで、「明日のパン買うとかなあかん」とか言ってる、その「明日のパン」なんですよ。おっしゃる通り未来っていうか、次の日のパンなんですよ。
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