知の巨人たちの考える「集団の中の知性」と「情報化社会がもたらすもの」

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知の逆転 (NHK出版新書 395)

元NHKのディレクターのサイエンスライターによる、知の巨人たちへの質の高いインタビュー集なのですが、「集団の中の知性」と「情報化社会がもたらすもの」を中心にまとめました。

集団の中の知性

集団の中に一般的な叡知があるとは信じ難い

  • 普通の知能の人々がたくさん集まって協力すれば、一個人の知能よりも高い知能を示す行動をする、というようなことが期待をこめてよく言われるけれども、問題は、もちろんそういう場合もあるでしょうが、そうでない場合もあるということです。
  • 実際歴史を振り返ってみれば、多くの人が大賛成した場合のほとんどは、大惨事になるか、文化が崩壊するか、大衆をうまく説得するヒットラーのような人物が現れる、といった悲劇に結びついています。ですから私自身は、集団の中に一般的な叡知があるというふうには信じていません。

年々きつくなる同調圧力

  • 本来、人は、みなそれぞれ異なっているのに、同じだとみなさなければいけなくなってきている。同時に、あるもののほうが別のものよりもいいという言い方は避けて通るようになってきてもいる。だから、どの花も全て同じように咲くんだと言う。ごまかしです。

反理想郷である『すばらしい新世界』への抵抗

  • 世の中の分業が進んでいくと、アリの社会のように個人というものが失われていく。あまり個人の判断力を必要とされない社会が実現され、そのこと自体に疑問すら持たず、唯々諾々と生きていくような、オルダス・ハクスリーが描いた反理想郷である『すばらしい新世界』のようになってしまう。それに抵抗するためには、いつもことの本質がどこにあるのかを見きわめようと努める勇気がいる。

情報化社会がもたらすもの

情報化社会だからこそロマンが失われる

  • ほとんどのロマンは見事な誤解の上にこそ成り立っていて、誤解が大きいほど、感動も大きかった。 文学も音楽も芸術も、思い込みと想像と誤解に支えられてきたけれど、たくさんの情報がそれぞれ本来の姿をよく映し出すようになると、思い込みと想像と誤解が減ったぶん、それらの世界が必要以上に大きく見えることもなくなってしまった。

テクノロジーによって得るものも失うものもある。

  • テクノロジーの進歩には素晴らしいものがあります。ただ、Eメールについては、人と人とのコミュニケーションをはたして高くしているのかどうか疑問です。手軽なので当然高くしていると思いがちですが、その実、ナンセンスや思慮の浅い単なる思いつきを書きがちになる。私はいつも実際にペンでゆっくりと手紙をかくようにしています。その「ゆっくりさ」というのが重要で、よく考えますし、考えを洗練させることができるからです。

集合知能は現状だと人間では扱いきれない

  • 「集合知能」というものが可能だとしても、それが個体の知能を超えるためには、何百万年もの時間を必要とすることは十分考えられます。集合知能を強調する人たちは、進化の過程とあまたの失敗例を全く考慮していないのです。

「感情はシンプル」で、「思考は複雑」

  • 「感情」というのは単純かつ機械的であり、「思考」は実にさまざまな状況の判断や反応の仕方をするものだというふうに、見方を変える必要があると思います。

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