明智家の最後

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徳川家康 8 心火の巻 (講談社文庫 や 1-8)

注:このまとめは、高校時代を海外で過ごしたために日本史を全く学ばなかった筆者が、
自らの無知を恥じ、山岡荘八著の徳川家康シリーズから日本の歴史や人生の教訓などを学び、アウトプットするために書いています。
「良い大人がこんなことも知らないのか」などの意見を持つ方もいらっしゃると思いますが、そこは口に出さず、温かい目で見守って頂ければ幸いです。

あらすじ

信長の安土凱旋から、明智家滅亡まで。
年で言うと、大正10年(1582)の、5月から6月までの一ヶ月をカバーしている。
本能寺の変と、その直後の山崎の戦いが描かれている。

心に残った言葉

  • 濃姫の最期

[人も、そして、人々の造ったさまざまのものも、いつかはすべて「無」にしてしまう。誰がするのか分からなかったが、所詮それらの一切は不思議な傀儡師の糸の先にあったのだ・・・ところが・・・多くの「生きている人々」はまだ何も知らず、自らの意志で動いているつもりで、あの滑稽な踊りを踊らされているのであろう (地上の水蓮 p132-133)

]

私欲を肥やすために自己中心的に生きているなと、最近反省する所が多かったので、自分の心に響いた。
人間はいつか絶対に「無」に帰るのに、その時間を自分や、自分の所有物の為だけに費やすのは、滑稽だと思う。
しかし、「思う」のは簡単で、だからどうするかという「行動」の部分を、自分の中で決めなくては。

  • 光秀の最期

[小心で綿密で、つねに内心の不平を圧(あつ)えながら、営々と小石を積み上げて、それの崩れるときばかりを怖れつづけた一生だった。・・・彼の場合秀吉とは反対に、一つの知識、一つの教養が力とならず、歓びとならず、却って心労と不平の元になった。(戻り梅雨 p384-385)

]

自分の性格と、この文章で説明されている光秀の性格に、似ている部分が多いと思った。そのため、ある種の戒めを受けているように感じた。
真面目にこつこつと物事をこなす力は必要だが、
それは不平や恨み、妬み、復讐、言い訳などの「負」の考え方の説明に使うのではなく、
協力や他人の支援などの「正」(ポジティブ)な心のためにあるのだ。

  • 家康の思う、歴史の流れ

[歴史の流れとは、「人間の意志のままに作られる流れであると同時に、一人の権力者の恣意には断じて従わぬ流れ・・・この場合の人間の意志とは、最も多数の人々の意志を指す。多数の人々の意志を無視して動くことは、悠久に流れる歴史の本流にあらがうことで、いかなる力の持主もやがて自滅し去るという必然の理がありそうだった。(葵の陣立 p400-401)

]

人の上に立つ人が、それを支える下の人々(今であれば、社内の人やお客様に当てはめられるのかな)の言動を忘れてはならないという、非常にシンプルでいて忘れやすい一文。
リーダーシップについての本が最近書店に散乱しているが、一番大事なことはこの言葉にまとめられていると思う。
個人的な意見だが、リーダーシップの考え方が日本人には無いから外国から学ばなければならないとか、
だから外資系の企業に行って自分を鍛えなければならないだとか、
そういうことを言う前に、私が日本の先人から学ぶべき教訓は、沢山あると思う。

と、日本のことを余り知らないで育ってしまった私は、また反省し、これからも日本史について学ぶ意欲を高めるのでした。

感想

濃姫の最期の文を受けて、独り占めではなく分け合う精神を養いたいけれども、それを習慣づける為の良い具体的な始めの一歩はないかしら。

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