もしもし、還る(白河三兎)の書評・感想

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もしもし、還る。 (集英社文庫)

意識を取り戻した時、僕は砂漠のど真ん中にいた。
見渡すかぎりの、絶望的な砂漠だ。昨日寝た時は、泥酔して着替える余裕はなかったはずなのに、何故か今パジャマを着ている。猛烈に暑い。何が起ったのか、さっぱり理解が出来ない。なんなんだ、これは?
とりあえず、手近にある砂丘によじ登り、周囲を見渡そうとした。進むべき方角を指し示すような何かは見つからず、絶望が更新されるばかりだった。
そのまま寝転んで見上げた太陽に、黒点がある。その黒点は、どんどんと大きくなっていく。ん?やがてその黒点が、太陽より大きくなった時、僕は気づく。何かが上から降ってきているんだ、と。
必死の思いで砂丘から逃げた僕は、上から落ちてきたものの正体を知る。
電話ボックスだ。

キリとは大学の構内で出会った。僕の人生で唯一、「友達」と呼んでいいかもしれない相手。セックスさえしていなければの話だが。
キリは、僕を見かけるなり突然、セックスしようと言って僕の手を引いた。それから僕らはずっと、身体の関係で繋がってきた。キリとは、常に会って話をする関係だった。他愛もない話から、孤独や愛情の話まで。
自分でも、たぶん気づいていなかった。けど、キリと一緒にいる時間は、僕の中で、かけがえのないものになっていた。

というような話です。
相変わらず、白河三兎、僕好みの作品を書くなぁ!作品すべてを読んだわけではないんだけど、ホントこの作家、僕は凄い好きです。
まず、全体に漂う「無気力感」がとても素敵だ。
白河三兎の作品は、少なくともこれまで僕が読んだ三作(「私を知らないで」「君のために今は回る」「もしもし、還る」)はどれも、「諦め」が全体を支配していたように思う。基本的に登場人物たちは、自分の内側の底の底に、この「諦め」を抱えていて、それが彼らの生きる指針の一つとなっている。
それが僕にはとても心地よいのだ。
僕もたぶん、人種としては、白河三兎作品に出てくる人達と同じだ。基本的に内側に「諦め」を抱えている。白河三兎作品の登場人物の中でも、その「諦め」の見え方は様々に違う。明るかろうが前向きだろうが熱心だろうが、そういうこととは関係なく、ふとした瞬間に、その根本である「諦め」が顔を覗かせる。僕はそういう作品を読むと、なんとなく同志を見つけたような気持ちになれて嬉しい。そうそう、お前もか!という感じである。そういう登場人物ばかり登場させるのだから、著者自身も恐らくそういうタイプなのだろうと勝手に判断して、勝手に親近感を抱いている。
本書では、分かりやすい「諦め」を見せるのは、主人公の田辺志朗(シロ)だ。彼は「諦め」が服を着て歩いているような、典型的な人間である。

『一人でいることに疑問を感じないからだよ』

『(「寂しいって思ったことないの?」)「ないよ。意味は理解しているけど、実感したことはない」』

『本当のことを言えば、僕には愛の価値がわかりません』

随所でこういう発言が繰り出されていく。基本的に、孤独で、依存せず、孤高と言った振る舞いで生きている。
もちろんそれは、フェイクでもある(フェイクでないともいえるが)。その辺りのねじ曲がり具合も、自分と似ているようで楽しい。

感想

『寂しいって思ったら負けちゃうから、思わない』

ある人物がある場面でこう言う。本書の中で、一番グッと来たセリフかもしれない。恐らくその強さに、シロも打たれたことだろう。自分にはない強さを持つ者として、何かを感じ取ったかもしれない。物語全体に関わる場面ではないけど、ここが一番印象的だった。
白河三兎は、本当に僕好みの物語を描く。解説でもそこが中心で描かれていたけど、本書を読んだ人間は、冒頭の「砂漠に電話ボックス」とか、あるいは精緻に組み上げられ見事に回収される伏線などに注目するかもしれない。しかし僕にとって本書は、シロの物語であり、キリの物語である。その物悲しさに、僕は胸を打たれる。着実に成長していっているように思える白河三兎。これからもどんな作品を生み出してくれるのか、楽しみだ。是非読んでみて下さい。

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