天才「森博嗣」の考える「発想」と「考える事と考えない事の違い」

23920viewsvioletReadervioletReader

このエントリーをはてなブックマークに追加
人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

 考えている人にとっては当たり前かもしれませんが、考えていない人にとっては、「発想ってなんだ?」「考える事と考えない事の違いってなんだ?」と思うことはありませんか? 本書は、森博嗣が、その事を考察していく内容をまとめてみました。

「発想」はよく分からない

「発想」は論理的な思考とは違うもの。

  • この「発想」すなわち、「思いつく」ことは、実は一般に認識されている「考える」とは、まったく違った頭脳活動なのである。だから、「考えればわかるだろう」と言われて考えてみても、計算する、論理的に導く、手法を当てはめる、過去の知識や経験を思い出す、最適なものを選ぶ、というような普通の「考え方」では実現できない。

「発想」は非論理的で、他人に教えることが出来ず、自ら宿すしかない。

  • 研究をしながら、多くの学生を研究者として育てたけれど、発想の仕方だけは、どうしても教えることができなかった。当たり前だ。自分でも、どのようにして思いついたのか、わからないのだから。それどころか、その最初の思いつきがどんなものだったかも説明できない。説明ができるようになるのは、発想から育てたアイデアである。

考える事と考えない事の違い

年を取ると『身の回りの損得』しか考えなくなり、いずれ思考力が落ちる。

  • 歳を取ると、自分に無縁なものが増えてくるし、割り切れるようになる。そんなことに金をかけても、なんの足しにもならない(ならなかった)、と処理する。こうして、欲求はすべて小さな具体的なものばかりになり、予感や願望だけの「美しさ」は無益なものとして排除される。ついには、もう毎日の自分の身の回りの損得しか考えなくなる。考えるというよりも、ただ「こっちが得だ」という選択をしているにすぎない。犬や猫でもできる判断と同レベルである。
  • しかし、若者の「はっきりしない思考」というのは、とても価値があるものであって、それを失ったのが「年寄り」なのである。

考えないのは、「選択」のみにし、「選択肢を作り出す」をしなくなるから

  • なにに対しても、もうちょっと考えてほしいのである。なにしろ、全然考えていない人が多すぎるからだ。みんな周りを見回していて、自分がどうすれば良いのかを「選んでいる」だけで、考えているとは思えない。選択肢が簡単に見つからないような、少し難しい問題に直面すると、どうすれば良いかを、「人にきく」人、「調べる」人が多くなる。でも、なかなか自分では考えない。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く