森博嗣が打ち破る「自分らしさ」と、自分らしい「人生の選択」

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「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)

 何が起こっても、きみの価値は変わらないのに、人々は、仕事に人生の比重を置きすぎた。もっと自由に、もっと楽しく、もっと自分の思うように生きてみてもいいのではないだろうか。すり切れた心に刺さる画期的仕事論から、「自分らしさ」と、自分らしい「人生の選択」をまとめてみました。

自分らしさ

相手が褒めてくれることより、自分を褒められる様に生きよう。

  • 自分の人生なのだし、自分の幸せのためではないか。だったら自分で本当に良いと思うものを信じる方が良い。信じるものがわからなければそれをよくよく考えれば良い。人から褒められたのは、これまで自分が子供だったからだ。大人になったのだから、自分のことは自分で褒めよう。自分で褒めるためには、何が自分にとって価値のあることなのかを、まず考えなくてはならないだろう。それが、流されないための唯一の方法だ。

結局の所、自分自身の感覚と向き合う。

  • 温かい言葉とか、温かい態度とか、そういうものがはっきり言って嫌いである。そもそも「温かさ」というのは、人にかけるものではなくて、自分で感じるものだろう。たとえば、子供が無邪気に遊んでいたり、犬が走り回っている様子を見ると、心が温まる。しかし、子供も犬も、温かい態度を取っているわけではない。見ている者が、自分で自分の心を温めるのだ。したがって、僕が冷たいと感じる人は、自分の心が冷たいということに気づいただけである。

人生の選択

同じ条件は二度と来ないのだから、選択の是非なんかより、前向きに選ぼう

  • 人生の選択というのは、どちらが正しい、どちらが間違いという解答はない。同じことを同条件で繰り返すことができないからだ。ああしておけば良かったとか、あれがいけなかったという反省をしても、それらはこれからの時間で別の形で取り返すしかない。過去をやり直すことはできないのだ。したがって、どちらが正しいでしょうか、という質問に対しては、どちらでも正しいと思える人間になると良い、というのが多少は前向きな回答になる。

やりたいことをやる人生にしよう。悩むならやりたいことをしよう

  • やりたいことがあったら、どうしてもうやっていないのだろうか。時間がない、という言い訳を考える暇があるなら、やれば良いと思う。やりたいことというのは、寝るよりも、食べるよりも、優先できるはずだ。もし、時間がないからできない、と判断しているのが本当ならば、それは、そうまでしてやりたくないことだといえるから、一所懸命になってやる必要もないと思う。

楽しいと言うのは主観でいいんだ。夢中になろう

  • 本当に楽しいものは、人に話す必要なんてないのだ。 人から「いいねぇ」と言ってもらう必要がないからだ。楽しさが、自分でよくわかるし、ちょっと思い浮かべるだけで、もう顔が笑ってしまうほど幸せなのだ。これが「楽しさ」というもの、「やりがい」というものだろう。もう、夢中になっていて、いつもそのことを考えている。なにもかもが、そのためにあるとさえ思えてくる。それくらい「はまっている」もののことだ。

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