絶叫委員会(穂村弘)の書評・感想

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絶叫委員会 (ちくま文庫)

本書は、著者が見聞きした印象的な言葉とともに、その言葉に考察を加えている作品です。巻末で著者が書いている文章を抜き出すとこんな感じ。

『名言集的なものをやってみようという意図で始めたのですが、実際に書き進むうちに、名言というよりはもう少しナマモノ的な「偶然性による結果的ポエム」についての考察にシフトしていきました。』

本書には色んな言葉が出てきてきて、瞬発力的なインパクトで惹きつけるものや、一瞬わからないけどじわじわくる言葉、言葉としての使われ方がどうなんだろうと疑問を感じさせるものなど色々です。そういう色々なものについて、言葉に対して独特の感覚を持つ著者(著者は元々サラリーマンですけど、今は歌人として活動中)が色々突っ込んだり、自分なりの違和感を表明したり、そんな感じで進んでいく作品です。
本書は本当に、言葉のインパクトみたいなものが作品のキモみたいなところがあるので、凄く引用してみたい言葉はいっぱいあるんですけど、なるべくそれは控えようと思います。言葉を引用しないで内容に触れるのがなかなか難しいので、ちょっと色々書けそうな二つの言葉(というか状況)だけ抜き出してあれこれ書いてみます。
まずは美容院での言葉。

『おかゆいところはございませんか』

これに対して著者はは、『なんとなくもやもやする』と書く。『誰が最初にこの質問をしようと思ったのか。これってきめ細かいサービスなのか』と。
これに対するもやもやは、僕も凄くわかる。つい先日髪を切りに行ったのだけど、その時も当然聞かれて「大丈夫です」ってもちろん答えるわけなんだけど、不思議だよなぁ。
本書でも書かれていたけど、あの質問に対して「ここがかゆいです」って答える人って、何パーセントぐらいいるんだろう。そもそも、「ここ」ってのをどう表現したらいいかわからない。「耳の上らへん」とか「頭頂部よりちょっと右下」とか言えばいいんだろうか。なんか僕にはそれが、アホみたいなやり取りに思えるんだよなぁ。
ホントに、一体誰がこんなこと聞こうと思いついたんだろう。美容院という状況下において、必要とされている言葉であるとはどうしても思えないのに、こんなに広まったのはなんでなんだろうなぁ。
さてもう一つはトイレの張り紙。

『いつもきれいにご利用いただきありがとうございます』

著者はこの言葉に対して、『何かを捨ててしまった言葉に思えるのだ』と書いている。このコメントが素晴らしいなぁ、と思いました。
確かにそう。この言葉は、何か大事なものを捨ててしまっている言葉に僕にも思える。一線を超えているというか、やりすぎている感じがある。暴力的な感じさえする。
恐らくこの言葉への違和感は、この張り紙を考えた人間のマイナスの感情みたいなものが透けて見えてしまうからだろうなぁ、と思う。絶対にこの言葉を考えた人間は、『ありがとう』という感情を抱いていない、ということがはっきりと伝わってしまうのだ。それが、言葉を陵辱しているように感じるのだろうなぁ。
著者のこういう感覚は、凄くよくわかる。僕も、著者ほどではないだろうけど、言葉というものに対して凄く気になるし、深く考えてしまう人間だ。
僕は、なるべく自分の言葉で話したり書いたりしたい、と思っている。これは、『借り物の言葉は嫌い』という意味ではない。『自分オリジナルの言葉で』という意味ではなくて、『その時の自分の感覚・感情・気持ちになるべくぴったり寄り添った言葉を使いたい』という意味だ。別にそれが借り物の言葉であっても、自分の気持ちにかなり近ければそれを使うことは抵抗はない。

感想

まあどの言葉に反応するかは人それぞれでしょうけど、お気に入りの言葉は何か見つかるでしょうし、著者の言葉に対する感覚に惹かれる方もいるだろうと思います。パラパラめくってみるのでも面白いですけど、やっぱり流れの中でそれぞれの言葉を読む方が面白いかなぁと思います。ある話題の時に、よくもまあそんなに色んな類例を引っ張ってこれるものだよなぁ、と感心しました。是非読んでみてください。

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