すべて真夜中の恋人たち(川上未映子)の書評・感想

954views黒夜行黒夜行

このエントリーをはてなブックマークに追加
すべて真夜中の恋人たち

入江冬子は、フリーの校閲者だ。元々は会社勤めで校閲をやっていたのだけど、人間関係にいささか疲れたのと、ちょっとした人との付き合いから仕事を安定的に回してもらえるような環境が手に入ったので、辞めることにしたのだった。
冬子に仕事をくれるのは、石川聖。彼女は美人なのだけど、常に正論で戦い、一歩も引かず、上司とも議論して相手を任すような人だ。また聖が、こういう女には腹が立つというような話をするのをよく聞くことになる。冬子は、特に自分の考えというものがなくて、よく分からないけども、聖は唯一の友達だと思ってる。
日がな一日家で仕事をし、仕事をしていない時は何をしているんだかわからない冬子の生活。ある日、原稿を届けるついでに新宿まで出てみたのだけど、何をしていいんだかわからなくてすぐ帰ってきたことがあった。その時もらった、カルチャーセンターの案内を見て、冬子は何か講座を受けてみよう、と考える。人と話すことに慣れていない冬子は、カルチャーセンターにお酒を飲んで行ってみたのだけど、それが災いして失態を犯してしまう。でも、それをきっかけにして、三束さんという男の人と知り合うきっかけができた。
三束さんは、50代に見えるオジサンだ。女子高で物理を教えているという三束さんとは喫茶店でとりとめもない話をするだけの関係なのだけど…。
というような話です。
凄く雰囲気が好きな作品でした。うまく表現できないんだけど、音楽がほとんど挿入されない、セリフもほとんどないような映画を見た時のような、そういう感覚でした。これで何か伝わるかな。
淡々としている、というのはその通りなんだけど、その淡々さが際立っている、という感じ。さっきの例をまた引き合いに出せば、音楽やセリフの不在を意識させないまま強調するような、そういう感じがします。その淡々さは、凄く力強いんだけど、同時に希薄な感じもあって、凄く不思議な雰囲気なんです。
たぶんそれは、主人公の冬子の存在に大きく拠っているんだろう、という感じがしました。
冬子は、自分の考えとか意思とかいったものをほとんど持っていない。自分で何かを選びとるということを人生においてほとんどしてこなかった。だからこれは、もちろん冬子の物語なんだけど、同時に、冬子はただの触媒なんではないか、という気にさせる。なんの触媒であるかというと、冬子の周りにいる人物と読者を繋ぐ触媒。
冬子の周りにいる人物は、なんだか皆冬子に語りたがる。その内の一人は、はっきりと、これは冬子にしか話したことがない、何故なら冬子はもう私の人生の登場人物ではないからだ、と言ってます。
皆が冬子に語りたがる気持ちというのは、なんとなく分かる。冬子は、スポンジのように、というとちょっと違うんだけど、相手の意見をそのまま受け取る。受け取る、というのは、影響される、という意味ではなく、文字通り受け取る。ポンと荷物を渡されでもしたかのように、相手の考えや意見をそのままの形で受け取ることが出来る。その考えや意見に対してどう感じるかというようなことはほとんど表明しない。冬子にとって、誰かの考えというのは、ただポンと渡されて受け取るというだけの対象なのだ。
それは、ある種の人にとっては、凄く楽な存在だ。反論するでもなく、過剰に賛同するでもなく、自分の言ったことをただ受け取ってくれるという存在は、そういるわけではない。そして何より冬子は、自分のその立ち位置を苦に感じていない。相手にもそれが伝わるからこそ、より皆冬子に語りたがるのだろうと思う。

感想

本書は、聖という存在がなければ相当印象の違った作品になっていただろうと思う。冬子を陰だとすれば、それと対比する陽という意味での存在でもあるし、純粋に、冬子の行動のそこここで道筋をつける存在でもある。ラスト近くで、冬子と聖が話すシーンは、凄くいい。あの場面における聖の意見には、僕は不快感を覚える。それに対する冬子のあり方は素敵だと感じた。
僕もほとんど同じだな、と思いました。そういう風に生きてきました。後悔をしているわけではありませんけども。
冒頭で書いたように、凄く雰囲気の好きな作品です。はっきりと明確に魅力を伝えるのが難しい作品ですが、じんわりと何か染みこんでくるようなものがあるような気がします。是非読んでみてください。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く