メディア・バイアス!もうダマされないための「科学」講義(菊池誠ほか)の書評・感想

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もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)

本書は、シノドスという『<アカデミック・ジャーナリズム>を旗印に、専門性・職業の垣根を超えた有志が集まる場所』である集団のマネージング・ディレクターである飯田泰之が編集した、四人の著者による科学講義です。研究者というのは、それが先端的な研究者であればあるほど、狭い業界内での興味・関心に留まりがちで、しかもメデアも難解な学者の話を敬遠しがちだから、アカデミックな知識の普及は進まない。それを打開すべく、様々なジャンルの人たちが議論することで情報交換を行う場、なんだそうです。
本書は四つ(+一つ)の章に分かれていますが、それぞれがどんな内容なのか、まずざっくり書いてみます。
第一章と第二章は、大雑把に言うと、『「科学というジャンル」を科学する』という内容です。科学とニセ科学の境界はどこにあるのか、ということをメインのポイントとして、科学そしてエセ科学について言及しています。
第三章は、章題の通りで、『報道はどのように科学をゆがめるのか』という内容。松永和紀は、同じく光文社新書から、「メディア・バイアス(僕のブログの記事へのリンクを貼っています)」という著作を出していて、こちらも素晴らしかった。主に環境問題や食品問題など、一概に科学的な知識だけでは割り切ることが出来ない、しかし僕らの日常の生活に重大な影響を及ぼす事柄について、正しい知見を広めようと努力している人です。
第四章は、科学とコミュニケーション。イギリスで起こった狂牛病問題を発端に、科学者と非科学者がどうコミュニケーションを取るべきだろうか、という社会の枠組みについての話をしています。
そして最後に追加で、3.11について出回った様々なデマについての検証している項があります。
本書を読んで、僕が強く感じたことはこうです(これはそのままPOPのフレーズにしようかと思っています)。

『「科学的知識」を持つこと、が重要なのではない。
「科学的知識を判断する力」を持つこと、が重要なのだ。
そしてそれは、ほんの少し意識を変えるだけで、誰にでも可能になる。
その力を持たないことが、社会にとって、そして社会に生きる個人にとって、
どれだけ大きな損失を生み出しているか、想像出来るだろうか?』

他にもPOPのフレーズとしては、こんなものを考えた。

『「自分にとってとても都合のいい事実」が「科学的知識」として流布していたら、それはかなり疑って掛かったほうがいいかもしれない』

『白か黒か断言されている事柄は、疑いの目で見たほうが安全だ』

僕らの生活にとって、「科学的知識」というのは物凄く重要な世の中になった。3.11以降、それを強く実感したという人も多いのではないかと思う。例えば僕は、『歴史』というものを知らなくても生活にクリティカルな影響はないけど(だからと言って、歴史を知らなくていい、と言いたいわけではありません。歴史は教養として知っておくべきだと思っています。僕は無知ですが)、『科学的知識』を知らないことで生活にクリティカルな影響が出るということは本当に多くあると思います。
でも僕らは専門家ではありません。僕も、もともと理系で、物理とか数学とか好きですけど、それでも、世の中に流布している様々な情報について知っているわけではもちろんありません。

感想

科学的知識とどう接するか。これからを生きる僕達には、避けては通れない問いかけだと思います。僕は、本書と「メディア・バイアス」という作品が、その道筋を与えてくれる、と思っています。今あなたが、科学的知識を持っているかどうか、ということには関係なく、ありとあらゆる人に読んでほしい作品です。

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