漁港の肉子ちゃん(西加奈子)の書評・感想

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漁港の肉子ちゃん

肉子ちゃんとは、北陸の小さな漁港に住んでいる。漁港にある、「うをがし」という名前の焼肉屋で肉子ちゃんは働いている。その強烈な名前の通り、肉子ちゃんは恐ろしく太っている。けど、肉体のデカさと同じくらい、愛嬌にもとんでもなく溢れていて、この港町でも肉子ちゃんはちょっとした修羅場を繰り広げたのだけど、それでもみんなから愛されている。
この港町でも。
肉子ちゃんが北陸の漁港にやってくるまでの道のりは、『糞野郎』との歴史だな、と私は思う。糞みたいな男に引っかかって、その糞みたいな男の言葉をまるで疑わないで騙されてばっかりで、結局借金に塗れている。そうやって、あちこちを転々としながら、肉子ちゃんはこの港町までやってきた。
私は、肉子ちゃんとは全然似ていない。
手足は細いし、顔は可愛いってよく言われる。肉子ちゃんがド派手は服を着るのとは対照的に、私はシンプルな服を好んで着る。豪快な肉子ちゃんとは対照的に、私は些細なことにでも気に病んでしまうような、まあ自分でもいろいろめんどくさいなと思うのだけど。
学校では、マリアちゃんという洋館に住む女の子といつも一緒にいる。クラスの女子の人間関係はなかなかに鬱陶しいけど、どうにかうまいことやり過ごしている。二宮という男の子が、好きとかそういうのではまったくなく、なんだか無性に気になる。
そんな、破天荒で愛すべきお馬鹿な肉子ちゃんと、その肉子ちゃんに振り回されつつ自分の生活をどうにかやりくりしている喜久子の、愛すべき日常を描いた作品。
この作品は好きだなぁ。ホント、内容の紹介をすると何を書いたらいいのかわからなくなっちゃうぐらい、特に真っ直ぐ通ったストーリーなんて何もない小説で、本当に肉子ちゃんと喜久子の日常がずるずると描かれているだけなんだけど、これが凄くいいんだなぁ。
何よりも本書は、肉子ちゃんのキャラクターの造形が素晴らしすぎる。体も声も何もかも大きいけど、ここまで小説からはみ出さんばかりのキャラクターって、これまでいたかなぁ。結構強烈なキャラクターっていうのは、小説読んでて時々ぶち当たるけど、これほどまでに小説の中心に居座っているキャラクターって、そうはいないんじゃないかなと思う。ホントこの作品は、肉子ちゃんの存在がなくなったら全然成り立たないし、面白くないだろう。
肉子ちゃんの魅力は、でもこうやって人に説明しようとすると伝えきれないものがあるよなぁ。芸人さんとかが話しの中で、自分が出会った面白い人を面白おかしく喋っているのを見ると、ああいうのって凄いなぁ、と思ったりするけど、そういう他人の面白さってなかなかうまく伝えられないなぁって思う。
本書でも、肉子ちゃんは、ド派手な服を着てるし、語尾に「!」がつく喋り方をするし、いびきがとんでもないし、相手に気を遣うなんてことが全然出来ないし、みたいなことを羅列することは出来るんだけど、でもそれじゃ何も伝わらないんだよなぁ。
肉子ちゃんを肉子ちゃんたらしめているのは、陳腐な表現しか出来ないけど、やっっぱ「愛」だよなぁ。この強烈な愛!肉子ちゃんの体を切り裂いてみたら、脂肪じゃなくて愛がこぼれ落ちてくるんじゃないか、って思うような、そんな愛情に満ち溢れている。だからこそ肉子ちゃんは誰からも愛されるし、喜久子も肉子ちゃんをずっと好きでいる。

感想

物語は、本当にずるずると日常を描いていくだけで進んでいくのだけど、最後の展開は凄くいい。特に、サッサンという「うをがし」の主人の言葉が凄くいい。肉子ちゃんだけでなく、作中で描かれる大人はみんな結構楽しいのだけど、楽しいだけではない一面を見ることが出来る。それまでの肉子ちゃんと喜久子の様々なあれこれを土台にした上で、その上に新しい何かを積み上げられるその予感を感じさせるラストは、凄く好きです。ちょっとウルッと来ちゃったしなぁ。ってか、泣きそうなのに笑いたいって感覚は、小説読んでてもなかなか味わえるものじゃないですよ。
すっごく広く捉えれば、本書も家族小説と言えるでしょう。肉子ちゃんの、普通の人がなかなか普通には持つことが出来ない特異な『愛』をふんだんに描きつつ、肉子ちゃんに振り回されながら少しずつ大人になっていく喜久子を描く過程は凄く素敵です。是非読んでみてください。

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