私の個人主義(夏目漱石)の書評・感想

2319views黒夜行黒夜行

このエントリーをはてなブックマークに追加
私の個人主義 (講談社学術文庫 271)

本書は、夏目漱石が明治44年に(1つだけ大正3年だけど)日本の各地で講演をしたものから五つを選んで収録した講演集です。
一応自分に分かる範囲でそれぞれの章の内容を書いてみたいところですが、基本的に良さげな文章を抜き出すことで内容紹介に代えようと思っています。
先にざっくり、何故この本を読んだのかという理由を書きます。
2012年の僕の目標の一つが、どうにかして古典を読む、というものです。そこで、なんとなく12作古典を選び、一ヶ月一冊を課題図書に設定して、通常の読書に加えて、その課題図書をひと月の間に可能な限り読み返す、というようなことをやってみようと計画しています。
で、1月の課題図書に設定したのがこの、夏目漱石「私の個人主義」なわけです。

「道楽と職業」
この話は、現代でも非常に示唆に富む、本書の中で一番好きな話だった。僕が長いこと仕事に対して抱えているとあるモヤモヤの答えが、この話の中に見つけられそうな気がするのだ。
漱石は、昔と比べて、現代の仕事は細分化されている、という。ではそれを、逆方向に過去にさかのぼってみる形で論理を展開していくとどうなるか。そうすると、自分の生活の一切を誰にも頼ることなく、すべて自分一人でやってしまう存在、というものを仮定することが出来る。
さてそうなると、仕事というものはこういうものだと考えられる。自分は、着物を縫ったこともなければ米も搗いたことがない。しかし、文章を書いたりというようなことは出来る。つまり仕事が専門分野に別れるということは、自分に出来ることを誰か他人のためにやることで、自分に不足しているものを報酬として手に入れる、ということだ。つまり、自分が誰かのためにやった仕事の分だけ、自分の元に同じだけのものが返ってくる。
そういうところから論理をスタートさせ、仕事と道楽の違いについて言及する。

『するとこの一歩専門的になるというのは外の意味でも何でもない、すなわち自分の力に余りのある所、すなわり人よりも自分が一段と抽んでている点に向って人よりも仕事を一倍して、その一倍の報酬に自分の不足した所を人から自分に仕向けて貰って相互の平均を保ちつつ生活を持続するという事に帰着するわけであります。それをごくむずかしい形式に現わすというと、自分のためにする事はすなわち人のためにすることだという哲理をほのめかしたような文句になる』

『また職業の性質が分かれば分かるほど、我々は片輪な人間になってしまうという妙な現象が起るのであります。言い換えると自分の商売が次第に専門的に傾いてくる上に、生存競争のために、人一倍の仕事で済んだものが二倍三倍ないし四倍とだんだん速力を早めて逐付かなければならないから、その方だけに時間と根気を費やしがちであると同時に、お隣の事や一軒おいたお隣の事が皆目分からなくなってしまうのであります。』

『吾人は開化の潮流に押し流されて日に日に不具になりつつあるということだけは確かでしょう。それを外の言葉でいうと自分一人では生きていられない人間になりつつあるのである。自分の専門にしていることに掛けては、不具的に非常に深いかも知れぬが、その代り一般的の事物については、大変に知識が欠乏した妙な変人ばかりが出来つつあるという意味です。』

『従って自分が最上と思う製作を世間に勧めて世間は一向顧みなかったり自分は心持が好くないので休みたくても世間は平日のごとく要求を恣にしたりすべて己を曲げて人に従わなくては商売にはならない。この自己を曲げるという事は成功には大切であるが心理的にははなはだ厭なものである。』

感想

最後は、夏目漱石が学生時代に抱えていた葛藤です。夏目漱石ほどの人物でも、学生時代、そしてイギリス留学時代は、こういう感じで悩み苦しんでいたんだなぁ、となんとなく親近感が湧きました。
文庫本で160ページほどの作品なのに、読むのに6時間以上掛かるという、相変わらずの古典読めない男ですが、それをどうにか克服しようという今年の目標の第一弾でした。思った以上に面白い作品で、びっくりしました。やっぱりスイスイと読める作品ではないのですけど、非常に含蓄に富んだ文章は、現代でも普通に通用するだけの力を持っていると感じました。二度三度と読むことで、もう少しこの作品の中身を理解できるようになればいいな、と思っています。僕は、夏目漱石の「こころ」を読んで何が面白いのかさっぱり分からないとか言う人間ですが、本書は非常に面白かったです。まあ、難しくなかった、とは言いませんが、是非読んでみてください。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く