他人が自分をどうみているかばかりに気を遣うな。自己の信念に忠実であれ。自信を身につけるヒント

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自信 (知的生きかた文庫)

なぜ、不安ばかりにこだわってしまうのか?

自分に関する決断を他人任せてしまうな

自信のないひとは、何をすべきであるか、何をすべきでないか、何を理解すべきか、それらのことを他人にゆだねてしまっている。自信がないから他人にゆだねてしまうし、他人にゆだねてしまうからいつまでたっても自信がない。

自分の行動の善悪は自分でしてもよい

自分の感情と自分の解釈をもってよい

自分を自ら尊敬できるように行動せよ

好かれようとすることを目標にしたことによって他人とコミュニケーションをもてなくなる。
自己主張というのは、実際の自分と他人に見せる自分と同じにすることにすぎない。
自分が統一されている存在であることが、そのまま自己主張なのである。

依存心と攻撃心の落とし穴

自信のない人は、要するに”できないことをやろうとした人”なのである。
自分にできることをやろうとした人は自信をもっているはずである。
自己肯定の努力は自信をもたらし、自己否定の努力は劣等感をもたらす。
自分にできないことに固執して自分の優越を示そうとしている限り、言い訳が出てきて、やがては神経症になっていくであろう。自信は自信を育て、劣等感は劣等感を育てる。

自分を守ることばかりに気をとられていないか

自分を正しく解釈せよ

にせの自信をもつ人には言い訳が多い

真の自信は他人に優越していることを条件とはしていない。現実との接触が条件である。
にせの自信を持つものは言い訳が多い。
自分が試される機会を避ける行為を合理化することなど、誰にもできる。
潜在意識下の自己は本当の理由をちゃんと知っている。自分は試されることが怖くて回避したとか、あるいは自分んはそれほど実力がないとか、潜在意識下の自己はきちんとしっているものである。

あなたを変えるのは、この“ちょっとした勇気”

自信は「ある」ものでなく「育っていく」もの

「なりたい自分」に近づく具体的な方法

この子供が母親とのトラブルを避けるにはどうしたらよいか。
それはただ一つ、「自分は【自分のために】よい大学、大きな会社に行くのだ」と信ずることである。

最終的な目標を達成する意欲

皆が自信ありげでうらやましいと認めながらも、自分に自信がわいてこないというのは自己憐憫しているからである。自己憐憫とはゆがんだ自尊心と同じである。一方は自尊心、他方は自己憐憫、いずれも正面から自分と向き合っていない。

一度生まれた自信は決してなくならない!

「今の自分にできること」を探して生きる

感想

加藤諦三氏の本は父親への憎悪があふれていて、いまいちなことが多かったがこの本はわりとよかった。最終的にどんなに嫌っても自分からは逃げられないから、ありのままの自分を受け入れる、そのうえで自分自身が今やりたい、やるべきだと思ったことに全力を尽くす、他人のことは気にしすぎないというのはその通りだな。自己憐憫がゆがんだ自尊心であるという指摘はその通りだと思う。自己憐憫にしろ、自己嫌悪だろうと、ある種の現実逃避だからただ問題点に対処する、やるべきことをやるべきだけ。原理的にはわかるんだけど、行動変えるのはなかなかしんどいっすな。自己憐憫、自己嫌悪を禁止しない。自己憐憫、自己嫌悪の感情が湧いても意識しすぎず行動を起こすとそのうち自己憐憫、自己嫌悪を忘れられるというのが正解なんだと思う。

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