観光の書評・感想

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観光 (ハヤカワepi文庫)

本書は、タイ出身のアメリカ系の作家であり、最初の短編である「ガイジン(Farangs)」を発表するや英米から大絶賛された若き俊英による、7編の短編が収録された作品です。

「ガイジン」
ぼくは、クリント・イーストウッドと名付けた豚を飼っている。タイにやってくるアメリカ娘とセックスをしたらその豚を殺してしまうよ、と母親に言われている。僕は、タイ人の母とアメリカ人将校の父との間に生まれた。父は、僕が幼い頃にアメリカに戻ったきり、戻ってこない。
ぼくはどうしてもアメリカ娘に惹かれてしまう。リジーもそうだ。すごくキュート。彼氏と喧嘩しているらしい。ぼくはリジーを象に乗せ、浜辺に連れていく。でも結局アメリカ娘たちは、バカンスでちょっと羽目を外す相手としてしかみてくれない。

「カフェ・ラブリーで」
父親を事故で亡くして以来ちょっとおかしくなってしまった母と三人で暮らす兄弟。兄さんはぼくの誕生日に、モールに新しく出来たファストフード店に連れて行ってくれたけど、散々な結果になってしまった。
兄さんは今日もまた出かける。どうにか無理矢理、一緒に連れて行ってもらった。今日は、母親と二人で家にいたくはない。「カフェ・ラブリー」は、大人のための場所だという。何もするなと言われて、ついて行くことを許された。女の子がたくさんいる。

「徴兵の日」
ぼくとウィチュは祈った。お互いのために。でもぼくは、その祈りが不公平なことを知っていた。
寺で行われる年に一度の徴兵抽選会。ウィチュの兄は徴兵され、酷い有様で戻ってきた。ウィチュの母親は、どうにかウィチュが徴兵から逃れられるように祈っていた。
ぼくは大丈夫。両親がしかるべきところにお金を払っているから。
抽選当日。軍人に声を掛けられたぼくは、ウィチュがそのことを知っていたことを知った。「大丈夫なのか」

「観光」
母が何度も倒れていることが気がかりだったけど、そこまで重大なことではないだろうとも思っていた。
母は、失明しかけていた。あともう少ししたら、全部見えなくなってしまうだろうと。
母の上司がオフィスの連絡板に何年も貼りっぱなしにしているルクマクの写真。母はそこに観光に行くことに決めた。「ガイジンになるの」。列車で12時間、船で8時間。美しい光景の中、船は進む。

「プリシラ」
カンボジア難民が、団地の敷地内に勝手に家を建てている。ぼくとドンは、ある家の屋根に石を投げて遊んでいた。そうやって知り合ったのがプリシラだ。
プリシラの父は歯科医だった。自分が拘束されることを予見した父は、財産のすべてを金に替え、そのすべてをプリシラの歯に被せた。僕たちはその夏、プリシラと一緒に遊ぶようになった。

「こんなところで死にたくない」
ジャックは、タイ人と結婚した息子の元で世話になるために、アメリカからタイにやってきた。身体は思うように動かず、息子の嫁に食事を食べさせてもらっている。自分の尊厳が少しずつ失われていくのが、非常に屈辱だ。
混血の孫とは言葉が通じず、何を話しているのか分からない。自分の孫だと、強く感じることが出来ない。

「闘鶏師」
闘鶏師であるパパは、それまでは町で一番だった。でも、リトル・ジュイが来てから変わった。
町を支配するビッグ・ジュイの息子であるリトル・ジュイは、しばらくずっとパパに負けていた。しかし、暴力によって闘鶏場を支配し、さらに腕利きの闘鶏師を雇い、ついにパパを打ち負かす。
パパは、リトル・ジュイを倒すことしか考えていない。ママはそんなパパに苛立ちを隠さず、わたしはリトル・ジュイにつきまとわれる。

感想

ラストと言えばこの作家は、そんなところで終わらせるんだ、というところで物語を切断する印象がある。特に「カフェ・ラブリーで」は、そんな感じが凄く強かった。「徴兵の日」や「こんなところで死にたくない」も、まだその後普通に文章が続いてもおかしくないようなタイミングで物語が終わっていて、唐突な余韻みたいな、なかなか小説を読んでいて感じることのない感覚になる感じがあって、それは好きだなと思いました。
ラストの「闘鶏師」は、個人的にはちょっと長かったかな、という感じがしました。著者のこのスタンスだと、今の僕には短い話の方が合う印象です。ちょっと長すぎて(っていっても100ページぐらいですけど)、うまく飲み込めない感じがありました。
外国人作家の作品をうまく読みこなせている自信がないんですけど、抑制の利いた筆致とぶつ切り感がとても印象の残るラストが凄くいい作品だなと思いました。是非読んでみてください。

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